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実験室で繰り広げられている派手なバトルは双方どちらも苦戦し、勝負がつかないでいる。
明確な武器を持つジークに対し、俊敏に飛びついて鋭利な牙と爪で切り裂くトイラとキース。
ジークが光線を打てば、トイラとキースは逃げてかわす。隙をついてキースがとびかかり、ジークの気をひきつけているうちに、トイラが死角から攻撃する。
しかしジークはすぐにこうもりになり、トイラからするりと逃げた。
また離れた場所で人の姿になって光線を向ければ、トイラの体にかすってしまった。
どちらも体力を消耗し、動きが鈍くなっている。
そうなると、ジークに光線を向けられるとトイラとキースは素早くかわすことが難しくなってきた。
肩で息をするトイラとキース。
ここらで勝負をつけなければ、このままではトイラとキースもジークの武器でやられてしまう。
ふたりは同時に飛び掛る。
キースがジークの足に噛み付き、トイラがジークの背中に飛び乗った。
バランスを崩したジークは、棚にぶつかり、全ての薬品を落としてしまった。
ガラス瓶は割れ、薬品同士の混ざり合いで白くもやっと煙が出る。
ジークが手当たり次第に光線をぶっ放しているときだった。
こぼれた薬品に引火してしまう。火の回りが早く、気がつくと辺りはあっと言う間に炎に包まれていた。
その炎に気を取られたトイラとキースの隙をついて、ジークはコウモリの姿になって外に滑るように逃げ出した。
「待て、ジーク」
トイラとキースが後を追おうとしたとき、目の前で炎に包まれた物体が倒れてくる。
強烈な炎に一瞬怯みジークを取り逃がしてしまった。
暗闇でぼわっと明かりがともり、煙が立ち込める。
「ちょっと火事?」
外に出た良子が家を振り返って気がついた。
火の粉もどんどん派手に舞いだしている。
「おい、あいつどうなった。まだ気を失ってるのか。このままじゃやばいよ」
柴山はまた家の中へと入っていく。
「ちょっと圭太」
良子もこの状態をどうして良いのかわからなかった。
とにかく消防署に電話だと、車の中に置いてあった携帯を取りに行った。
ここ最近、いい天気が続いてたため空気はすっかり乾燥していた。
火の回りは想像以上に早かった。
それは森をも飲み込みそうな勢いまで燃え広がり、夜空までもが焦がす勢いに迫ってきた。
家の中から田島亮一を柴山は担いで、外に飛び出した。
気がついたのか、田島は目の前の轟々と音を立てるように燃える自分の家を見て、悲鳴をあげた。
「大変、山火事になっちゃうわ、これ」
良子も迫る炎に圧倒され叫んだ。
三人は暫く呆然と立ちすくんでいた。
田島亮一は自分の家が燃えていく様子を見て、放心状態でただ口をぽかーんと開けていた。
「あっ、ユキちゃんと仁大丈夫かしら」
めまぐるしく起こることに気をとられていたせいで、すっかり忘れていた良子は突然声に出した。
「トイラとキースもだよ」
良子と柴山は無事に避難していることを願った。
ユキと仁は、息を切らしながら、まだ枝を振って鳥たちを追っ払っていた。
もう限界だった。
そしてユキの胸の痛みが少しずつ増し、手の動きが鈍くなって きた。
「ユキ、大丈夫か」
「ダメ、またジークが近くに来ているわ。胸がさっきより痛み出した」
鳥に襲われている状態では歩くこともできない。
しかし、不思議なことに鳥たちが一斉に移動していった。
「あっ、鳥が、襲わなくなった。助かった」
仁が、地面に座り込んで安心したのもつかの間、何やら煙たい風とともに、燃える匂いがする。
「まさか、これ山火事? あの家から火が出たのか。ユキ、山を降りなきゃ」
しかし、ユキは地面にうずくまっていた。
「ユキ、胸が痛むのか? くそっ」
仁がユキをおんぶしようとしたそのとき、コウモリがさっと頭の上をかすったかと思うと、仁の前にぱっと立ちはだかった。
仁の胸倉を掴み、ごみを捨てるように軽々しく投げ飛ばす。
仁は地面にぐしゃりと落ち、痛みと悔しさで顔を歪ませていた。
それでも歯を食いしばり必死に立ちあがろうとする。
「ユキ、さあ来るんだ。胸のアザはどれぐらい大きくなったんだ」
ボタンが外れていたシャツの間から、痣が顔を覗かしていた。
「もうこんなに大きくなったのか。あと少しだ。あと少しで月の玉が出てくる」
「嫌よ、あなたなんかに渡すものですか」
ユキは激痛の中、必死に耐えて、追い詰められたウサギが狼に噛むように、ジークに体当たりしてぶつかった。
ジークは不意をつかれ地面の上に倒れた。
ユキは襲い掛かるように馬乗りになり、ジークの着ている服を脱がす勢いで、体の中の太陽の玉を捜した。
「何をするんだユキ」
「お願い、太陽の玉、出てきて」
ユキがそう叫ぶと、ユキの胸の月のアザが光りだし、それに反応するように、ジークの体から太陽の玉が抜け出して浮きあがってきた。
ユキはそれを掴むと同時に、この上ない激痛に襲われた。
「あああああああ!」
絶叫は森全体に響き渡った。
それを聞いたトイラとキースの顔が真っ青になった。
「ユキ!」
トイラは加速して一目散に走った。
「ほほう、自ら太陽の玉を掴むとは。これで月の玉も早く出てくるだろう」
思いがけない僥倖にジークは喜んだ。
ユキは負けるかと太陽の玉を仁に投げた。
「仁、お願い、受け取って」
「何をする、ユキ」
突然のことにジークはしまったと思った。
仁はしっかりと太陽の玉を掴み、ユキから少しでも遠ざかろうともてる限りの力を振り絞って走った。
ジークは体の上に乗っていたユキを突き落とし、仁を追いかける。
ジークが仁に飛び掛かると、二人は地面に転げた。
仁の手から太陽の玉がすべり落ち、地面に数回跳ねて叩きつけられていた。
ジークはそれを追いかけようと立ち上がろうとするが、仁はジークを離すものかと抱きついてもみ合った。
その時、トイラとキースが走ってくる。
仁が戦っているのが目に入る。ユキも離れて地面に転がっていた。
「ジークは俺が始末する。キースはユキを頼む」
トイラに言われ、キースはユキの側にかけ寄り、人の姿に戻ってユキを抱える。
「ユキ、大丈夫か」
キースは体を起こすように倒れているユキを支えた。
ユキは意識がある状態だったが、すぐさまキースの顔色が変わった。
ユキの胸のアザが十三夜月の大きさになっているのが見えた。ほぼ満月といっていい形だった。
「トイラ、もう時間がない。ユキのアザがもうすぐ満月になってしまう」
キースはトイラを引き止めるように声を張り上げた。
トイラはジークを倒すところではなくなった。
不安な面持ちですぐさまユキの側に引き返した。
人の姿に戻 り、ユキを抱きかかえる。
「ユキ、しっかりしろ」
「トイラ、もう時間がないわ。早く私の命の玉を取って」
ユキの消え入るような声。トイラは決断を迫られ焦ってしまう。
まだユキを助ける方法がわからない。
時間もない。
冷静にもなれず、頭が真っ白になっていた。
あの時と同じだ。
ユキがジークに光線をぶっ放された瀕死の状態。
あの恐怖が蘇る。
助けを求めようとキースに泣きそうな顔を恥ずかしげもなく見せる。
キースは側で何もできず、トイラの顔を見ていられない。
目を逸らし、悔しさのあまり遠吠えを一つ森の中で轟かせた。
ジークはふと笑いをもらし、コウモリの姿になった。仁の手からするりと離れる。
仁は逃げられて悔しがった。
ジークはさっと太陽の玉の側まで近づくと、また人の姿になり、太陽の玉を拾った。
仁は何もかも自分のせいだと何度も何度も地面を拳で叩いて嘆いていた。
「この勝負もらった」
そうジークが笑みをこぼして言ったとき、予期せぬ事態が起こった。
太陽の玉が急に光り出し、そこは目も開けられないほどのまばゆい光で辺りは包まれた。
誰もが唖然として、一斉に太陽の玉を振り返る。
そしてその後、光は徐々に消えて太陽の玉がジークの手の中で半分に割れてしまった。
「太陽の玉が半分に割れた!?」
ジークはその割れた玉を手にしながら、驚愕した。
驚いたのはジークだけではなかった。