Brilliant Emerald

第二章

3 

 昼休み、ユキが用意していたお弁当をキースに渡すと喜んでくれたが、トイラは不機嫌に手にした。
「気にらなかったら食べなくていいから」
 急なことで、お弁当は大したものは作れなかった。
 卵サラダを挟んだだけのサンドイッチ。見るからにがっかりだろう。
 案の定キースは中身をみるなり「エー、コレダケ?」と不満を漏らした。
 それを聞きつけた女子生徒が、自分のお弁当を持って集まり出し、おかずを分け与えていく。
 キースは素直に喜び、特にから揚げやソーセージを美味しそうに食べていた。
 トイラは何も言わず、サンドイッチを口にする。
 あっという間に平らげて、机に突っ伏していた。
「今日、買い物に行って、明日は、ちゃんとしたもの用意するから」
 サンドイッチを咀嚼しながらユキは呟く。
「ユキ ガ ツクルナラ ナンデモ オイシイ」
「えっ?」
 聞き返したとき、トイラは突っ伏した顔の向きを窓側に寄せていた。
 空は柔らかいブルー。薄っすらと引き伸ばした雲が覆っている。
 遠くの山の稜線がぼんやりと見え、のどかな風景だ。
 朝の襲ってきたカラスのことなどすでに忘れられ、昼休みはざわめきの中、いつものように過ぎていった。
 
 お昼休みが過ぎてからの授業は眠たく、気だるさが漂う。
 それを乗り越え、最後の授業が終わるチャイムが響くと、ユキは開放感にほっとした。
 明日のお弁当のおかずのこともあり、ユキは家に帰る前にスーパーに寄り道したかった。てっきりトイラとキースも荷物運びを手伝ってくれると思っていたのに、よりたいところがあると言って、さっさと教室を出て行く。
 また女子生徒が追いかけようとするが、キースは忙しいからとそっけなく断っていた。
 どこへ行くというのだろう。
 居なければ気になるし、居れば落ち着かないし、自分でも訳がわからなくなっている。
 ため息を大きくついて席を立った。
 靴を履き替え、学校の門を出たその先で、マリが率いるグループとかち合ってしまった。
 体が急に緊張する。
 ぎこちなく傍を通りすぎようとすると、案の定マリが絡んできた。
「あら、ひとりでお帰り? 家来たちはお供じゃないのね」
「家来? トイラとキースの事をそんな風に言わないで」
「だけど、トイラにお姫様抱っこされて保健室に行ったじゃない。キースも引き連れて」
 気絶した後のことはユキには全く覚えがなかった。
「朝も抱っこされてたしね」
「ほんといい気なもんよね」
 マリの隣に居た女子たちも口を挟んだ。
 ユキはぐっと息が詰まり、手紙の文面が頭に蘇った。
『いい気になるな』
 無性に怒りがこみ上げてきた。
「私がそうさせたと思うなら、それでいい。それよりもあんな紙切れを机の中に入れて知らせなくても、私に文句があったら堂々と言えばいいじゃない」
「えっ、紙切れ? なんのこと?」
 マリが傍にいた友達を見回して確認する。みんな知らないと首を横に振っていた。
「机に入れたの、矢鍋さんでしょ」
「えっ、私が? ちょっと変な言いがかりはやめてよね。そんなかったるい事、私がすると思ってるの? ばっかじゃない。文句があったら私いつもあんたに堂々と言ってるわよ。今だってそうしてるし」
 言われてみればそうだった。ユキはマリの言葉に簡単に納得してしてしまう。
 犯人はマリじゃない。
 そう思った時、勝手に決め付けた事が恥ずかしくなり、「あっ、ごめん」と咄嗟に謝ってしまった。
「別に謝られてもさ。それで私以外の誰かに、変なこと言われたんだ。ふーん」
 マリが言うと周りの女子たちが調子に乗って笑い出した。
「春日さんはずけずけとえらそうに言うから反感買うのよ」
「帰国子女だしね」
 ふたりは面白がって笑っていた。
 言いたい放題にされてカチッときたが、ユキは言われるままに俯いて耐えていた。
 ちょうどその時、「ガルルル」と唸る低い声がマリの後ろから聞こえてきた。
 みんなが振り返り、ユキも顔を上げると、すぐ近くまで柴犬がやってきていた。
 首輪をつけているが、飼い主が傍にいない。
 今にも飛び掛りそうに顔をしかめ、しわを寄せて唸りを上げている。
 「ワン」 と一声吼えたときには、マリたちは後ずさって、パニックに陥って走って逃げてしまう。
「走っちゃだめ」
 ユキが注意しても遅かった。犬はマリたちの後を追っていった。
「犬は走るものを追いかける習性があるのに」
 でも犬が嫌なものを蹴散らしてくれたお陰で助かった。
 マリたちがある程度逃げると、犬は追いかけるのをやめ立ち止まった。そして踵を返してゆっくりとユキの方へと戻ってきた。
 ユキはたじろぐも、じっと立ち止まったまま、犬の動きに注意する。
 ユキの前まできたとき、意外にも犬はちょこんと座って尻尾を振った。
 つぶらな瞳をユキに向けている。まるで自分がいい事をしたかのように褒めて欲しいといわんばかりだった。
「えっと、追い払ってくれて、助けてくれたんだね。ありがとう」
 ユキは頭を撫でてやろうとこわごわと手を差し伸べれば、犬はそれを拒んでまず匂いを嗅いだ。
 その後はユキの指先をペロッとなめる。
 許しを貰ったみたいで、ユキはもう一度手を伸ばす。今度は犬自ら頭を突き出しそれを快く受け入れていた。
「結構、人懐こいじゃない。よしよし、かわいいね、君」
 首輪にメダルがついていたので、それを見れば『楓太』と電話番号が刻まれていた。
「フウタ?」
「ワン」
 返事をするように吼えた後は、立ち上がってまたどこかへと歩いていった。
「ちゃんと家に帰るのよ」
 ユキは手を振って別れを告げ、ある程度見送ってから自分も立ち去っていく。
「さあ、買い物しなくっちゃ。何買えばいいんだろう」
 楓太の毛並みの狐色が、夕食のヒントとなってパッとアイデアが浮かんだ。
 これならきっとトイラたちも気に入るはずだ。
 急に夕食が作るのが楽しみになって、ユキの歩く速度が速まっていた。
 一方、角を曲がろうとした楓太はもう一度振り返り、ユキがスタスタと歩いていくのをじっと見つめる。
 そして自分もまたいるべき場所へと帰っていった。
 
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