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「キャー」と叫んだユキの声は、家中に響き渡り、耳にしたものを緊張させた。
トイラが素早くユキの部屋に駆け込み、キースもすぐさま現れた。
「ユキー!」
小さな黒い影が機敏に動いてユキを襲っている。ユキは手をバタバタとさせて抵抗していた。
トイラはユキの前に滑り込んで立ちはだかり、鋭い目つきで狙いを定めて、いとも簡単にそれを一瞬で掴んだ。
「一体何なの?」
興奮冷めやらないユキが、トイラの肩越しにそっと覗き込んだ。
「スズメだ」
ユキに差し出せば、トイラの拳の中で苦しそうにそれはもがいている。嘴(くちばし)でトイラの手をつばもうと無駄な努力を試みて、最後は疲れて息が切れていた。
「トイラ、スズメだからって油断するなよ」
カラスの二の舞にならないか心配しながら、キースは後ろで見守っていた。
「きっと迷い込んで偶然家に入ってしまったからパニックになったのね」
トイラもキースもユキのようには思えなかった。これは明らかに罠だ。
トイラはこのまま潰しそうに固く握り締めている。
ビーズの目があどけない小さなそのスズメの哀れな様子に、ユキは助けてやりたくなった。
「ちょっと貸して」
「ユキ、触れるな」
トイラが遠ざけようとしたが、ユキはトイラの腕を掴み自分に引き寄せ、スズメを奪おうとする。
「やめろ、ユキ」
「もういいから逃がしてあげてよ」
ふたりはもみ合い、ユキが無理にトイラの手からスズメを解放そうとしたとき、スズメは近づいたユキの指に容赦なく嘴を食い込ませた。ピキーっとした鋭い痛みがユキの指先から全身に伝わる。
「痛い!」
ユキが叫ぶと、トイラはハッとした。持っていたスズメを感情任せに窓から放り投げる。スズメは必死に羽ばたいて暗闇の中へ消えていった。
すぐさまユキの元に駆け寄り、怪我はないかと指を確かめようとするが、ユキは胸を押さえつけ腰を屈めていた。
「どうしたユキ」
トイラの血の気が引いていく。
「だから言わんこっちゃないんだよ。あのスズメは……」
キースがそこまで言いかけると、トイラは黙れときつく睨み返した。
「ユキ、苦しいのならベッドに横になれ」
「大丈夫。噛まれてちょっとびっくりしただけ」
ユキは落ち着こうと何度も深呼吸していた。
「胸が苦しいのか」
トイラが心配して、ユキの胸の辺りをじっと見つめる。
それに気がついたユキは、我に返って慌て出した。
「ちょっと、どこ見てるのよ」
「胸だけど」
正直に言われると益々ユキの感情が高ぶってくる。トイラの顔がまともにみられない。
「ふたりとも出て行って!」
「ユキ、落ち着け。違うんだって」
トイラが誤解だと焦ってる。
「何もユキの平べったい胸なんて興味もってないって」
キースの余計な一言で、ユキは真っ赤になって怒り出し、力ずくでふたりを追い出した。
バタンと大きな音を立て、トイラとキースの目の前でドアが閉まると、ふたりは身を竦めた。
「ん、もう! 馬鹿!」
ドア越しにくぐもった叫び声が聞こえ、トイラは恨めしくキースを睨んだ。
「キースのせいだぞ」
トイラが責める。
「トイラだって何も正直に答えなくてもよかったんだよ。だから僕はトイラのために誤解を解こうとしてだな」
「何も、あんな言い方することないだろ。人間はそういうの気にするんだよ。俺は胸の大きさなんか気にしねぇーぞ」
「今、そんな事議論してる場合じゃないだろ。肝心なのは胸が痛み出したって言うことだ。僕はスズメに気をつけろっていったぞ」
キースの言う通りだった。全ての責任はトイラにあった。
自分が恐れている事が現実になりつつある。
ユキの胸が苦しくなれば、アレが浮き出してくる。
これは奴によって仕掛けられた罠だ。
トイラは黙り込み、顔を歪ましていた。
「トイラ、ここは考え込んでも何の解決もならない。ユキを守るには奴を近づけないことだ。なんとしてもユキに近づく前に奴を始末しないと」
「わかってる。必ずこの蹴りをつけてやる」
トイラは固く誓い、ユキの部屋のドアを見つめる。
自分がしっかりしないせいで、ユキをどんどん危ない目に陥れてしまい、それが苦しくてたまらない。
まだまだ未熟な自分にイラついてしまった。
そのドアの向こうで、ユキはベッドの上で持って行きようのない思いに身をひるませじたばたしていた。
そのうち静かになって、ただ寝転がりため息をついた。
微笑んだトイラの顔を思い出せば、またドキドキとしてしまう。
笑ったときのトイラの緑の目が優しすぎて、ユキはそれにすがりたいと心奪われていく。
でも容易に近づけさせないトイラに、無性にヤキモキし、そしてユキもまた素直になれずに反発する。
「何よ、アイツ」
悪態をついても、トイラを憎みきれなかった。