Brilliant Emerald

第三章

3 

「ねぇ、ユキ。この辺りの地図もってない?」
 テーブルの上に置いたスーパーの袋から食材を取り出し、ユキが冷蔵庫に入れようとしていた時、キースが大事なことのように聞いてくる。
「地図? あったかな。トイラ、それ冷蔵庫に入れておいて」
 トイラが冷蔵庫に食材を詰め込んでいる間、ユキは引き出しやクローゼットを開けてくまなく探してみるが見つからない。
「あっ、そうだ。父の書斎に行けばいい」 
 ユキがひらめく。
 トイラとキースをつれて書斎へ向かった。
 壁に設置された本棚に本がたくさん並んだ部屋。書類が無造作につまれたままの机が窓際にあり、そこにコンピュータも乗せてあった。
 ユキは椅子に座って書類をどかし、コンピューターの電源を入れ、インターネットに接続する。
 トイラとキースはユキのすることを黙って見ていた。
「ネットで見るのが一番いいよ」
 キーボードをカチャカチャと鳴らせて、この町の名前を検索する。
 地図を出すだけだったが、この町の事が書かれたブログを見つけて、ユキはついマウスを動かしクリックしてしまった。
 ローカルなこの町の情報を地元らしい誰が発信していた。
「大きな黒猫と狼出現?」
 ユキがタイトルを声に出して読むと、トイラとキースは顔を見合わせた。ユキは続けて記事のさわりを読んだ。
「畑を猛スピードで二匹の動物が走っていったので、よく見たら黒い大きな猫と、狼だった……てことが書いてあるけど、この近所みたいな感じだけど。更新日は今日の日付になってる。何を書いてるんだろう、この人」
 ユキは気になってつい読んでしまう。
「ちょっとユキ、ご飯の支度が遅くなるよ。後でみたら」
 キースに言われて、ユキは我に返った。
「あっ、そうだった。ご飯作らなくっちゃ」
 ユキは立ち上がり、代わりにキースが椅子に座った。
「ご飯できるまで好きに使っていいよ」
 ユキはさっさと書斎を出て行った。
 バタンとしまったドアを見た後、トイラとキースが意味ありげに顔を見合わせていた。

 トイラとキースが書斎に居る間、ユキはチャンスとばかりに玉ねぎを取り出す。
 形が見えるから避けるわけで、形をなくして玉葱が入ってるようには見えないものを作ればいい。
 そう思うと、料理する意欲が湧いて、皮をむいた玉葱にきらりと光る包丁を振りかざし、勢いよく切っていた。
 トイラとキースが台所に入ってこないかドキドキしながら、細かく切っていく。
 目が痛く、泣き顔になってしまうけど、鼻をぐずりながらユキは玉ねぎのみじん切りに精を出していた。
 それを熱したフライパンでよく炒める。
 ユキはハンバーグを作ろうとしていた。
 キースはお肉が好みだし、玉ねぎが入っていてもこれなら食べてくれるだろう。
 ハンバーグも玉ねぎの甘みが出て、きっとおいしいに違いない。
 ユキはふたりが、玉ねぎ入りのハンバーグを騙されて食べて、おいしいと言ってくれるのを期待していた。
  
 そんなユキの企みも知らず、トイラとキースはインターネットで検索した地図を見ながら対策を練っていた。
「まだここに来て間もないのに、姿を見られたみたいだね」
 コンピュータ画面を見ながらキースが言った。
「まだ写真には撮られてないのがせめてもの救いだ。俺たちの動きが早くて撮れるわけがないけどな」
 トイラも軽く答える。
「でもいつか、それが噂になって広がっていくだろうね。僕たちの正体がバレたらどうする?」
「その時はその時さ。それまでにさっさと片付けてやる」
「奴は今、どこにいるんだろう?」
 キースが顔を上げトイラを見つめた。
「もうここに来てると思うべきだろう。この辺りの山や森が奴と通じたのなら、俺たちの気配にとうに気がついててもおかしくない」
「今は様子を見ているってことか?」
「また必ず何かを仕掛けてくるはずだ」
 トイラはふーっと息を吐いた。
「すでに二度仕掛けられた。次はどんな手を使うつもりだろう。その辺を歩き回れる犬や猫はすでに僕たちが利用しているし、この辺りの動物を調べたけど、不思議と見当たらなかった。警戒して僕たちから隠れてるみたいだ」
「だから、奴もカラスやスズメしか使えなかったと言うわけか。それじゃ次は本人が来るかもしれない」
 トイラの瞳が鋭く光る。
「まさか、そんなに早く攻めてくるだろうか」
「まさにそこが奴の思う壺なところだ。俺たちの隙をついて来る。くそっ、来るなら来い。八つ裂きにしてやる」
 トイラは過去の出来事を思い出して気が立ってピリピリとしていた。
「落ち着け、トイラ。またそんな状態でユキと顔を合わせたら、ユキが気にするぞ。ただでさえ、今ぎこちない関係なんだからさ」
「それでいいんだよ」
「言いわけないだろ。わざと嫌われようとして睨んだところで、気持ちは嘘をつけないだろう。必ずボロが出るんだよ。お前はほんと単純過ぎるんだよ」
「ほっといてくれ」
 痛いところを突かれてトイラの目は鋭く眼光を放ち、グルルルと白い歯をむき出してキースに威嚇した。
 キースは無駄だと相手にしない。
「だけど、ユキの記憶が戻ったらどうすんだよ。何もかも思い出したとき、お前はどうするつもりだ」
「ただ、すまないと謝るくらいのものさ。お互いどうしようもないことくらいわかってるからな。全てが終われば俺は元の世界へ戻る……」
 語尾が自然に弱まるトイラ。
「そう簡単にできることだろうか。トイラを見てるとさ、もどかしいよ」
「俺はお前について来てくれとはいってない。嫌なら今すぐ帰ればいい」
「何言ってる。これはトイラひとりの問題じゃないんだぞ。僕たち全てにおいて一大事なんだから。トイラひとりには任せられない」
 落ち着いていたキースの感情が高ぶった。
「すまない。あの時、俺が奴に騙されて利用されたがために」
「仕方がないよ。恋は盲目だから。お前も必死だったもんな」
「俺、必ずこの責任を果たす。ユキも必ず守る。そして奴を倒す。俺たちの森、侵させはしない」
 トイラの緑の目が鋭く光った。
 そこには覚悟が感じられるが、キースはその目にまだ何か足りないものを感じていた。
  
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