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すでに二人の仲は拗れてしまい、険悪なムードがずっと続いていた。
席が隣同士で、こんなにも近くにいるのに、気軽に声を掛けることもできずただ息苦しい。
授業が全て終わった放課後、ユキは席を立ち上がり、トイラとキースに何も言わず教室を飛ぶように出て行く。
キースが引きとめようと名前を呼ぶが、ユキは振り向かずに行ってしまった。
「トイラ、他にもっとやり方があるだろう」
キースの不満はトイラに向いた。
トイラは視点をずらした虚ろな目をして、魂を抜かれたようにじっとしていた。
またミカがトイラの前に現れた。
覚えたてのたどたどしい英語を、得意げに試している。
トイラは聞いてもいなかった。
ユキが側に居ないその時、トイラはミカに我慢する理由はなかった。
ひたすらミカを無視していた。
マリはそんなトイラとミカを尻目に鞄に教科書を入れていた。何かがしっくり来ないと思っていたとき、近くで女子の話し声が耳に入ってきた。
「急に、五十嵐さんたらトイラと親しくなっちゃって」
「でも春日さんにはいい気味よね。五十嵐さんにポジションとられて、きっと悔しがってるわ。あの人、クラスの皆の悪口を英語でトイラとキースに言ってたみたいだって、五十嵐さんが教えてくれたけど、やはりああいう女は男は嫌いなのよ。ざまーみろっていう感じだわ」
それは先日、露骨にユキを無視した山口ヨウコと佐藤カナだった。
マリは腑に落ちなかった。
ユキのことは気にいらなくても、彼女が影で悪口を言うようなタイプには見えなかった。
それよりもミカの狡猾さが鼻についた。
ユキがトイラやキースと突然距離を保ち出したのも、ミカが一枚噛んでいると鋭い目つきで見ていた。
「トイラ、カエルゾ」
キースが立ち上がると、トイラも気力なく立ち上がった。
「ねぇ、トイラ、今日もこの後、どこかへ遊びに行きましょうよ。日本の文化や習慣は私が教えてあげるから」
ミカがトイラの袖を引っ張ると、トイラは強く払いのけた。
トイラが気まぐれで気難しいのは転校してきた当初からみんなが分かっていたことだった。
だが、ミカは自分がそのような態度をとられるのは我慢ならない。
それだけでミカのプライドを傷つけるのには充分だった。
トイラの冷たい態度は、ミカの心に憎悪を簡単に植えつけた。
自分がいい様に弄ばれていた。
悔しい思いを必死に隠そうとはしていたが、腹立たしい感情が目つきに現れている。
トイラはそんなこともお構いなしに、黙ってキースの後をついていくが、教室を出てすぐに廊下で仁と出会ってしまった。
「やあ、キース、トイラ。あれっ、ユキは?」
仁が訊いたとたんに、くしゃみが一回出た。
「ユキ、サキニ カエッタ」
キースが答えた。
仁はそれを聞くや否や、ユキの後を追うように走っていった。
トイラは仁の後姿を、私怨の目で見ていた。
「トイラ、ほんとわかりやすいな。僕もう笑えないし、何もできない。お前達両思いなのに、ほんと不憫だよな」
キースは小声で耳打ちした。
「両思い?」
「お前、気がつかなかったのか。ユキの記憶は戻ってないが、心の思いだけはあの時と変わらぬままだって」
「今更、もうどうしようもないことさ。所詮俺には報われない恋さ」
「ひとつだけユキと一緒になる方法があるだろうが。まあユキが納得しないとできないけどな」
キースの顔は強張っていた。
あまりいい方法とはいえないようだ。
トイラもわかっている方法だが、ユキが例え望んだとしても、それだけはどんなことがあってもできる訳がなかった。
校門を出たところで、仁はユキを捉まえた。
全力速球で走ってきたため、息が切れている。
でもユキの前では笑顔を忘れなかった。
その屈託のない笑顔がユキには重荷だった。自分は愛想笑いもできないほど参っている。
気分がすぐれない表情でいると仁の笑顔も消えてしまった。
「ユキ、どうしたんだい。また虐められたのか」
ユキは首を横に振るだけで理由を言わなかった。
言ったところでどうしようもない。
そんな悲しげなユキの顔をみたら仁は放っておけなくなる。
ユキが好きだという気持ちも心の中で膨れ、仁は勇気を奮い起こした。
「僕、どうしたらユキの力になれる? 僕がユキの苦しみとってやりたい。ねぇ、手を貸して」
言われるままにユキは片方の手を力なく出した。
すると仁はユキの手をしっかりと握った。
「えっ?」
驚いているユキに構うことなく、仁はユキと手を繋いで一緒に歩き出した。
「これで、君の持ってる苦しみの半分、僕が持ってあげる。だから僕に頼って欲しい。さあ、家まで送るよ」
「えっ? えっ?」
仁がこんなにも大胆だったことがユキには驚きだった。
それに圧倒されて払いのけるタイミングを失い、ユキはされるがまま仁に引っ張られて歩いていた。