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仁に引っ張られるまま歩くユキ。
仁は一向にユキの手を離そうとしない。
ユキは仁の手を握り返すことなく、ただ掴まれて歩いているにしか過ぎない。
仁の気持ちに押されてユキは困惑していた。
ふと後ろを振り返れば、トイラとキースが距離を空けてついてきていた。
トイラが後ろで一部始終を見ていたことを知ったそのとき、ユキは血の気が引く思いで仁の手を強く払いのけた。
「ごめん、仁。私、どうしていいか」
「いいんだよ、ユキ。何も焦って答えを貰おうとなんて思ってない。まずは僕を見て。それで充分だから」
ユキは何も言えずにただうつむく。
手を繋がれていた間、早く行動を起こさなかったことがこの時になって後悔してしまった。
どうして早く払い除けなかったのか。
自分を責め、申し訳ない気持ちで仁に顔向けできないでいる。
このままでは仁を傷つけてしまう。
はっきりと自分の気持ちを伝えないとと息を吸って言葉を出そうとしたときだった、仁はそれをかわすように思いっきり笑顔を見せた。
「だから言っただろう。答えは今いらないって。まだ僕の何も知らないじゃないか。チャンスをくれたっていいだろう」
「仁……」
「じゃ、僕ここで帰るよ。また明日学校で」
仁は、元来た道を走って戻っていった。
途中トイラとキースとすれ違ってあいさつするが、いつものようにくしゃみが出ていた。
仁の気持ちは嬉しい。
人から好かれて嫌がる人なんていない。
しかしユキがこのとき求めているのは仁ではなかった。
後ろからトイラとキースが距離を詰めて近づいてくる。
ユキは早足で再び歩き出した。
逃げても家に帰れば顔を合わすのに、無駄なことだとわかっていても、トイラの近くにいることが苦しくて、無意識に逃げてしまう。
トイラもまた走って追いかけたくなる気持ちを必死に押さえていた。
記憶があるなしかかわらず、ユキもトイラもどちらも苦しんでいた。
家がポツポツと建っていて、周りは畑だらけの田舎道。
遠くには山が屹立し、のどかな田園風景なのに、ユキの心は荒れて険しい崖道を歩いているようだった。
腹立ちまぎれに、ユキはつい小石を蹴ってしまった。
道沿いのすぐ隣の田んぼでは小さな稲の苗がそよそよと風に吹かれていた。
そこに、大きな鳥が数羽たむろしている。
どうやら青鷺のようだ。
固まって沢山見るのは珍しい。
そのうちの一羽がユキを見ると、縮んで曲げていた首をまっすぐにして起き上がった。
残りの青鷺たちもそれに合わせて一度にユキに顔を向けた。
細い先の尖がった嘴が、狙いを定めた矢の先にもみえたとたん、それらは羽を大きく広げ、さっと飛び立ってユキめがけて襲ってきた。
大きい鳥が数羽一度に飛行してくる。
ユキはとっさに逃げるも、足がもつれて転んでしまった。ユキはうずくまる。
そこを容赦なく、青鷺のくちばしが次々と突付きだした。
「ユキ!」
トイラとキースが血相を変えて飛ぶようにやってきた。
鞄や足で鳥たちを蹴散らし追い払う。
いくつかの羽を飛び散らせて、鳥たちは飛んで逃げていった。
「ユキ、大丈夫か」
その声で、ユキは顔をあげる。
トイラが心配のあまり、しゃがみこんでユキの顔を覗き込んだ。
トイラの手が、自然にユキに触れようとしたその時、ユキは振り払う。
「もう、たくさんよ!触らないで!」
ユキは大声で泣き出したくなる気持ちを必死に抑え、一人で立ち上がった。
右足のひざ小僧がすりむけて血が出ていた。
「ユキ……」
トイラは何もできず、歯を食いしばり、震えるように立ちあがった。
思いを断ち切る辛さは、トイラの胸を押し潰す。
トイラは堪えていた感情が今にもほとばしりそうで、我慢できずにどこかへ走り去ってしまった。
「おいっ、トイラ!」
キースはトイラを呼び止めたが、走る後姿が見るに忍びなく目を伏せた。
ユキに振り返り無理して笑う。
「大丈夫かい、ユキ」
ユキは首を横に振る。
堪えていた涙が溢れかえってきた。
キースは優しくユキの背中をさすって慰める。
家に帰るまで、キースはユキの側でソフトな声で歌を歌っていた。
なんの歌かわからない、でも森林の匂いが漂うような感覚がふとよぎった。
歌を聴いて匂いが想像できるなんて、ユキには初めてのことだった。
かつて自分もその森にいたような、穏やかな気持ちにさせられた。