Brilliant Emerald

第六章

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 ジークに襲われ痣が大きくなることで体力を消耗してしまったユキ。体温が下がり危ない状態のユキは一晩中トイラに温められた。
 人よりも高温なトイラの体温は、ユキの頬をピンクのバラのような温かみのある色に染めた。
 朝の陽光が差し込みユキが目覚める。
 自分の部屋、いつもの光景。でも隣に誰かが寝ている。
 それは片手でユキを抱きかかえうつぶせになって、ユキの真横で寝息を立てていた。
 夢の続き。半分寝ぼけて意識がはっきりしないユキはその顔を見つめていた。
 覚醒したそのとき、上半身裸で寝ているトイラに驚き飛び起きてしまう。
「きゃー」
 ユキの悲鳴にトイラはびっくりしてベッドから転げ、ドシーンと床に落ちた。
「痛っ」
 突然の騒ぎに、キースが慌ててパジャマ姿のままユキの部屋にかけこんだ。
「どうしたんだ、またジークか襲ってきたのか。あれ? トイラ、何やってんだ」
 トイラは寝ぼけ眼で床の上で尻持ちついて顔をゆがめていた。
「ちょ、ちょっと、どうして、トイラが上半身裸で私のベッドで寝てたのよ!」
 ユキは胸がすーすしたので、ふと自分の胸元に視線を向ける。シャツのボタンが弾け飛んでブラジャーが見えて、かなりの露出をしていた。
「えええ〜、嘘っ」
 慌てて布団で隠した。
「トイラ、一体ここで何やってたの」
 ユキが真っ赤になっていた。
「あれ、俺、いつの間に、こんな姿に」
 トイラは寝ている間に黒豹の姿から人の姿に無意識に変わっていた。
「ちょっと、あんた達出て行って!」
 ユキは枕をトイラに投げつけた。
 トイラも、キースも慌てて部屋から出て行った。


「またトイラったら大胆にやってくれるよな」
 キースが何かあったんじゃないかという顔で、怪しい笑みを浮かべていた。
「俺、一晩中ユキを温めていただけだよ。かなり体温が下がってやばかったんだ。黒豹だったんだけど、なぜか朝起きたら人の姿に戻ってた」
「ユキを抱きしめたいと思ったからだろうね」
「実際抱いてたから、そうだろうね」
 トイラは顔を赤らめていた。


 憤慨していたユキだったが、突然はっとした。何もかも思い出していた。初めてトイラに出会ったことも、森で過ごしたことも、忌まわしいあの事件のことも、全て思い出せた。
 ユキは風の様にベッドから飛び起きて、部屋のドアを勢いよくあけた。
 自分の胸が露になってることもお構いなしだった。
 廊下でトイラとキースが立ってお喋りしている。
 ユキが勢いよく飛ぶように迫ったので、トイラもキースも殴られると思い、思わず守りの体制で身がすくんでいた。
「トイラ!」
「ユキ、待て、早まるな。俺は何もしてない」
 ユキはトイラをあらん限りの力を出して抱きしめた。
「ユキ……どうした?」
 トイラは呆然としてしまう。
「トイラ、私何もかも思い出したの。あなたがこんなにも大好きだったこと、やっと思い出したの。どうして、どうして何も言ってくれなかったの。なんで今まであんな冷たい態度を取ったのよ」
 ユキは泣きじゃくっていた。
 キースは二人の邪魔をしないように、そっと階段を降りていく。やっとふたりの気持ちが重なった。自分のことのように嬉しかった。
「ユキ……」
 トイラは少し逡巡するも、ユキの記憶が全部戻った以上、もう自分の気持ちに嘘がつけなかった。
 ユキの記憶が戻ったことはやはり嬉しい。
 顔をほころばせて、ユキの気持ちを素直に受け入れた。
 しっかりと自分の腕でユキを力強く抱きしめ返していた。
「ユキ、すまない。こんなことに巻き込んでしまって。俺、ユキを助けたくて、ユキの記憶がないのなら、嫌われた方がいいって、逃げてしまったんだ」
「トイラの馬鹿! どれだけ苦しかったと思ってるの。記憶がなくても、トイラを思う気持ちは同じだった。もう睨まないで、そして冷たくしないで。お願い」
「ユキ、ごめん」
 二人はどれだけ抱き合っていただろうか。
 下からキースの声がする。
「コーヒー作ったけど、ちょっとブレイクしたら? いつまでそのままで抱き合ってるつもり?」
「あともうちょっとだけ」
 そう答えたのはユキだった。
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