Brilliant Emerald

第六章

6 

 ダイニングテーブルを囲み、三人は朝食を取っていた。
 ユキはにこやかにトイラに微笑みかけると、トイラもてれくさく笑っている。
 それを側でコーヒーカップを手にしてキースがクスクスと笑っていた。
「なんだか僕も嬉しくなるよ」
 キースが言った。
「これでやっと謎が解けたわ。だけど、どうして説明してくれなかったのよ」
 ユキがちょっとすねた。
「説明したところで、ユキはきっと信じてくれなかったと思う。あまりにも人間の世界では非現実的な話だから」
 トイラが言った。
「そうだね、僕たちが狼や黒豹だって言って、その姿を見せたらきっとびっくりして恐怖におののいてただろうね」
 キースはパンをパクッとかじる。
「でも記憶が戻ってよかった。これでまたトイラたちと楽しく過ごせる」
 ユキは素直に喜んでいたが、トイラとキースは暗い面持ちになった。
「それがそう喜んでもいられないんだ。君は今……危ない状態だ」
 キースは言いにくそうにしていた。
「だけど、あのときジークに撃たれたけど、私ちゃんと今生きてるわ」
「ユキ、しっかり聞いてくれ、君の今の命は、仮の状態だ」
 トイラが手に持っていたフォークを置いて、辛そうに話し出した。
「仮の状態?」
「あの時、ユキは死の淵にいた。だが、森の守り主が、自分の命をユキに吹き込んだんだ」
「えっ!?」
 トイラはユキにあのときの出来事と月の玉について話してやった。
 ユキは自分の胸を押さえ愕然としていた。
「じゃあ、私の中には月の玉があって、このあざが満月の形になったとき、私は死んでしまうの」
「いや、そうはさせない。君を助ける方法が一つだけあるということはわかっているんだ。だが、今の俺にはどうすべきなのかわからない。でも必ず見つけて助ける。約束する」
 トイラは思うようにならない悔しさをにじませながら、必死でユキを守ると訴えていた。
 ユキはトイラの側により、優しく笑って肩をそっと抱きしめる。
「トイラ、一つだけ方法があるじゃない。私の命の玉をあなたが受けとること。そうすれば、私はいつまでもあなたと共に生きられる」
「ユキ、そうじゃない、それじゃないんだ。あのとき森の守り主は確かに言ったんだ。君を助けることができる方法が他にあるってことを」
「じゃあ、約束して、もしその方法がタイムリミットまでわからなかったら、私の命の玉を取るってことを。それならいいでしょ。ねっ」
「ユキ」
 トイラは難しげに一点を見つめながら、ユキの言葉が自分の耳に何度もリフレインしていた。
 果たして本当にそんな約束をしていいものか、しかし方法が見つからなければ、ユキは死んでしまう。
 そうする術しか残されてないのだろうかと、自分の能力の限界が腹立だしくて、テーブルを拳で叩いてしまった。
「トイラ、ほら、そんなに苛々しなくても。私はトイラに任したからね。私ね、こんな状況かもしれないけど、それでもすごく幸せなの。記憶が戻って、トイラの傍にいられるってことがほんとに嬉しい」
 トイラの首に手をかけて、ユキは力強く抱きついていた。
「ユキ、苦しい」
「あの〜、お取り込み中すみませんが、また学校遅刻しそうなんですけど」
 キースがぼそっといった。
「私、今日学校に行かない。休む」
 ユキがあっけらかんと言った。
「それじゃどうすんだ」
 トイラが首を傾げる。
「トイラとデートする」
「じゃあ、僕はどうするの?」
 キースが訊いた。
「キースは学校に行って。三人も同時に休んだら怪しまれるでしょ」
「えっ、僕だけ学校って。ふたり同時に休んでも怪しまれるよ」
 キースは納得できなかった。
「じゃあ、風邪とかでもいっておいてね」
 軽々しくユキは言う。
 キースの顔は呆れながらも、人肌ぬいでやるかという思いになって笑っていた。
 そうしてキースは走って学校に行ってしまった。
 ふたりっきりになったとき、ユキはトイラを見つめてにやっと笑っていた。
「な、なんだよ。その笑いは」
「ヒヒヒ、さてと、どこへ行こう。トイラとこっちの世界でデートできるなんて嬉しい。今日は今までの分を取り返すためにも、思う存分、私に付き合ってね」
 ユキは好きな人と過ごせることの喜びに感極まっていた。
 トイラに冷たくされて、辛い思いを抱いていたのが一気に解消されて、喜びが爆発していた。
 トイラの方こそ何をされるのかビクビクしているようだ。
「さあ、行きましょう!」
 ユキが元気よく叫ぶと、トイラは圧倒されていた。
「はっ、はい!」

 
 遅れず無事に学校についたキースが教室に向かうと、仁が入り口で教室の中を覗いていた。
「オハヨー、ジン」
「あっ、おはようキース、ねぇ、ユキは?」
「ユキ、カゼ、ゴホンゴホン」
 キースは咳き込む真似をした。
「えっ、風邪? トイラも見かけないけど?」
「トイラ モ カゼ」
「えっ、ふたりで、風邪……そうなんだ……」
 仁はどこか落ち着かない表情で、自分の教室に戻っていった。
目次

BACK  NEXT


inserted by FC2 system