Brilliant Emerald

第八章

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 キースはミカを抱き、テクテクと町を歩いていた。
 外国人が女の子を抱いて歩いていく様子は、道行く人の視線を全て集めていた。
 キースの嗅覚でミカがどの道を通っているのかすぐにわかるほど、ミカの家を見つけるのは朝飯前だった。
 途中、ミカの意識が戻り気がついた。
 目を開けたとき、キースが爽やかな笑顔で覗き込んだ。
 ミカは驚き赤くなるが、自分の状況を把握すると、段々とうっとりするような目つきに変わっていった。
「キガツイタ カイ? キ ヲ ウシナッテタ。ボク ガ ハコンデ キタ」
「えっ、私、気を失ってたの? 嘘、なんで」
 ミカはトイラを攻撃したことを全く覚えていなかった。
 キースは白い歯を見せて笑っていた。
 その笑顔は、ミカを少女漫画のヒロインのように酔わせた。
「トイラ ノ コト ユルシテ。アイツ、キゲン ワルイト ボク ニモ ツメタイ」
 ミカは、もうトイラのことなど、どうでもよかった。
 それよりもキースの方が優しくかっこいい。
 しかもお姫様抱っこされている。
 もうこの状況は、至福そのものだった。
「トイラが私に何をしたの。全然なんとも思ってないわ」
 調子のいいもんだった。
 ミカは、この状況を楽しむように、キースに抱っこされたまま、家まで運ばれた。


 トイラをおんぶし、くしゃみも連発し、汗もかきながら仁はある場所へと向かっていた。
 途中道行く人に何事かと見られたが、怪我人をおんぶしている事より、仁の連続するくしゃみの方が目立ってたかもしれなかった。
 「あっ、ついたよ。クシュン」
 仁がつれてきた場所は、町の中心から少し離れ、落ち着いた雰囲気のする住宅街だった。
 その中にまぎれて、小さなこじんまりとした、白い四角い箱のような二階建てのビルが存在していた。
 そこには『アニマルケアーホスピタル』と書かれた看板が掲げられていた。
 仁はその建物のドアを開けようと手を伸ばす。
「仁、ちょっと、いくらトイラが黒豹だからって、動物病院って」
 ユキは驚いていた。
「ほら、前に話しただろ。僕の叔母が獣医だって。クシュン。僕の母の妹さ。良子さんって言うんだ。あっ、おばさんって呼んだら怒るんだよ。だから名前で呼んでるの。結構僕と仲がいいし、きっと助けてくれると思う。ハックシュン!」
「仁のお母さんの妹さん?」
 ユキは優しい新田仁の母親の姿を想像していた。
「すごく話のわかる人なんだ。とにかく任して。クシュン。人間も動物も傷の手当てはきっと一緒だよ」
 トイラを担いだ仁はドアを開けて入っていった。
 その後ろから半信半疑でユキもついていく。
 昼間の診察時間は終わっていたのか、幸い誰も来ていなかった。
 病院内に入るなり、大きなくしゃみが、小さな待合室で爆発した。
 それを聞いて奥から何事かと女性が現れた。
「なんだ仁か。あれっ? その背中のお友達、どうしたの。血が出てるじゃない。えっ、 外国人?」
 そこには仁の母親とは違うタイプの、セクシー系の女性が白衣を着て立っていた。
 ミニの黒いタイトスカートからきれいな足が見えている。
 胸は少しちらりと谷間がのぞくシャツを着て、肩まで届くストレートの黒髪がさらさらと艶を帯びていた。
「良子さん、頼みがある。クシュン。トイラを手当てして」
「えっ、手当てって、この外国人? 私、獣医よ。人間は専門外よ」
「どうかお願いします」
 ユキも頼んだ。
「あら、もしかして、ユキちゃん? わあ、会えるなんて思わなかった。この間、姉からちょうど話を聞いたところなの。でもあなたも怪我してるみたいね。一体何があったのよ」
「クシュン、だから、詳しいことは後でいいから、とにかく消毒だけでもお願い。クシュン」
「それにしてもあんた、相変わらず、猫アレルギーね。あれ? でも今日猫居ないわよ」
「クシュン、居なくても、ここには染み付いているってこと。クシュン。とにかく早く」
「わかった、わかったって。じゃあ、こっちつれてきて。でも人間を乗せるベッドなんてないわよ」
 仁は動物の診察台の上にトイラを寝かした。トイラは体をくの字にして横たわった。良子は上着とシャツを脱がして、その体を見 てびっくりする。
「どうしたの、この体中の傷。あなた、もしかして、かなりのやんちゃな外国人ね。喧嘩ばっかりしてたんでしょ。でもこれ、動物の爪あと?」
 良子が不思議な顔をしている側で、トイラは苦笑いしていた。
 良子は器具と人間に使えそうな薬を出して、トイラを治療してやった。
 仁はくしゃみをしないようにできるだけ離れていた。
 トイラの側で心配するようにユキは様子を伺う。
「筋肉が疲労してるみたいね。あら、これ肉離れしてるんじゃないの。この肩の傷口も酷いわね。一体何をしたの。 とにかく化膿しないようにしなくっちゃ」
 ぶつぶつと独り言を言っては、できる限りの手当てをしていた。
 獣医といえど、人の体に包帯を巻くのは、てきぱきと手つきが慣れたものだった。
「あなたの体の筋肉って、すごいのね。細身なのに、筋肉の密度が高いこと。まるで猫の筋肉みたいよ。瞬時にジャンプできそうな感じね。とりあえずこれでよし。何かおいしいもの食べて、安静にしてよく寝たら筋肉の疲労も回復するわ」
「どうもありがとうございます」
 トイラはお礼を言った。
 ユキも側で一緒になって感謝の気持ちを述べていた。
「名前はトイラとか言ったね、日本語上手そうね。さて、話してもらおうかな、一体どうしたらこんな傷がつくの」
 離れていた仁が良子の質問にあたふたしていた。
「良子さん、何があったかって、そんなこといいじゃない。とにかく治療ありがとう。さすが良子さん!」
「仁、なんでそんなに離れてるの?それにあんたが褒めるときは、必ず裏があるんだよね」
 仁は訝しげに見る良子の顔に、たじたじしていた。
 良子は診察台に横たわるトイラに視線を向けた。
 そして顔つきが変った。
 トイラは診察で人間じゃないことがバレたかと、不安で落ち着かない。
「トイラ、あなたって……ハンサムね。お兄さんとかいない?」
 みんな、一気にダレるように体に負担を感じていた。
「もう冗談よ。とにかく事情を話せないのなら、仕方ないわね。正義感の強い仁に後は任せるわ。自分たちで解決しなさい」
 仁の言ったとおり、良子は話のわかる人だった。
 だが、口には出さなかったが、トイラに対して何か怪しい感覚を抱いていた。
「おーい、良子! いるか?」
 待合室から突然声が聞こえた。
 その声を聞いて、良子の顔が歪んでいた。声の主を嫌っているらしい。
「誰もいないから、帰って!」
 診察室から愛想のない声で良子は答えていた。
「おいおい、相変わらず冷たいよな。久しぶりに会いに来てやったのに、なんだよその態度は」
 ジーンズに白いポロシャツ、サングラスをかけた男が、かっこつけたように現れた。
 サングラスを取って、良子に少しでもかっこよく見られたいのか、背筋を伸ばし、ウインクして笑っていた。
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