Brilliant Emerald

第八章

3 

「いつこっちに戻ってきたのよ。一体何の用?」
 良子は冷たくあしらう。
 そんなこともお構いなしに男は辺りを見回した。
「おっ、仁じゃないか。大きくなったな。もう高校生か。それに何だい、動物病院に人間の患者って。しかも外国人。なんか訳ありな匂いがするな。いいネタになるかもしれない」
「いい加減にしなさい。売れない三流カメラマン!」
 良子がそういうと、男は突然不機嫌になった。
 虐めるのが楽しいのか、良子は上から見下ろすように鼻で笑っていた。
 そのやりとりを、おろおろしながらユキはみていた。
 それに良子は気がついてやっと紹介した。
「あっ、ごめんなさい。こいつ、高校時代の友達で柴山圭太、売れないカメラマンで、つまんないゴシップ記事ばかり追いかけてるの。それからこちらは仁の友達で、ユキちゃんと、トイラ君」
「おいおい、売れないは余計だろ。これでも腕は確かだぞ。まあマイナー雑誌だけどね。それに、かつての恋人でもあるだろ」
「私の汚点ね」
 良子はフンと蔑んだ。
「相変わらずだぜ」
 それでも柴山圭太は、久しぶりに会えた良子の顔をみて嬉しそうに目を細めていた。
 そしてユキをみてよろしくと、キザにウインクした。
 二人の会話を聞いていると、息のあった漫才師のようで、ユキにはなんだかお似合いのカップルに見えた。
「ところで、なんであんたがこんな田舎町にまた戻ってきたのよ」
「いや、それがこの町で狼や豹が出るって、噂聞いてさ、自分の出身地だろ、ちょっと興味もって調べにきたのさ」
 その言葉で、ユキもトイラも仁も、ドキッとした。
「仁、学校とかでも噂になってないか。よかったら詳しいこと教えてくれないか」
「えっ、僕、そんな話、聞いたこともない。なあ、ユキも知らないよな」
 焦りながら、思わずユキに助けを求めようと話を振った。
「えっ、わ、私も知らないです」
 二人の慌てぶりに、スクープの匂いを感じたのか、柴山の目が光った。

「そうかな、ネットでは結構話題になってるように思ったんだけど。まあ、いいや。また自分で探すさ。それより、その外国人さん。なんかかなり参ってそうだね。ずっと動物用の診察台で横たわってるし。何があったか知らないけど、なんなら車で家まで送っていってやろうか」
「そうしてやって。この状態じゃ、歩けそうもないしね。あんたもたまにはいいこと言うね」
 良子が言った。
「当たり前さ。どうだい、俺達もここらで寄りを戻すっていうのも」
「それは余計」
 手を出そうとしていた柴山に良子はさらっとかわしていた。
 柴山は、何か面白いことはないかといつもアンテナを張っている。
 トイラを車に乗せてやると提案したのも、棚から牡丹餅でも落ちてこないかという動機からだった。
 ほんの些細なことでも見逃さない、そういう男であった。
 ユキはそんなことも知らず、ただ有難いことだとそのときは素直に思った。

 柴山にトイラは担がれて、白いミニバンの運転席の後ろに乗せられた。
 ユキも一緒になってトイラの隣に乗った。
 仁もついて行きたかったが、くしゃみがでて怪しまれると危ないので遠慮した。
 助手席にはカメラや機材が無造作に置いてあった。
 ユキはそのカメラを見て、トイラとキースの秘密がばれないことを願った。
「君たち、一緒に住んでるのか。すごいな。そういえば、ユキちゃんとか言ったね。トイラとはかなり前からの友達? それとも恋人かな。残念ながら仁はユキちゃんに片思いって感じがするね」

 車を走らせながら、柴山は話していた。
 瞬時の鋭い観察力に、ユキは何を答えていいのかわからず黙っていたが、体は落ち着かずモジモジしていた。
「やっぱり図星だね」
「どうして、そういうことがわかるんですか。何もまだ言ってないのに」
「いや、あの恥ずかしがりやの仁が、君の事を呼び捨てしてただろ、あいつにしちゃ頑張ってる方なんだぜ。それだけで、君に夢中だってわかった。でも君は、 トイラから離れない。そしてその君のトイラを見つめる目さ、そんな目ができるのは思いを寄せてるからさ。さらにトイラには秘密があるとみた」
 ユキはドキッとした。
 どこまでこの人は洞察力があるのだろうと、急に車の中の居心地が悪くなった。
「なんてね、職業柄、ついついゴシップ記事にするのが好きで、なんでもない日常な記事をドラマチックに演出するのも自分の仕事だからね。なんでもついつい 脚色しちゃうのが癖なんだ。今回の狼や豹も蓋を開けたら、結局は町おこしの噂で終わるんだろうけど、まあ地元だし、面白いからちょっと遊んでやろうと思っ てね。だからなんか話のネタになるようなこと知ってたら、教えてね」

「あっ、はい」

 その後柴山はべらべらとひとりで話をする。
 この町の出身やユキと同じ高校を卒業したことなど他愛もないことだった。ユキは相槌を打ち適当に聞いておいた。
 ユキは柴山とあまり関わりたくなかった。
 秘密を知られたくない不安が顔に表れていたのか、トイラがユキの手をそっと握る。
 そして何も心配することはないと、肌のぬくもりで伝えていた。


 ユキ達が家につくとキースは一足先に帰っていた。
 車の音を聞いたのか、帰りの遅いトイラを心配して、家の前に出てきた。
「あれっ、もう一人、外国人がいるんだ。へぇ、ユキちゃんの家は国際化してるね。あの金髪のかっこいい男の子は名前なんていうの?」
 柴山は何かのネタ探しなのか、興味を持った。
「彼は、キースです」
「トイラとキースか。なんかいいね。絵になるよ。こんな田舎町で外国人がふたりも留学してくるなんて、やっぱり何かあるね」
「いえ、ただの偶然です」
 ユキは我慢できなくなって、つい強く言ってしまった。
 柴山はユキに突っ込まれて笑っていた。
 キースがトイラを抱えて、家に入っていく。
 ユキは柴山にお礼を言った。
 柴山はクラクションを一回鳴らし、車を走らせて帰っていった。
 車が去ると、ユキは大きくため息をついた。願わくば柴山にもう二度と会いたくない気分だった。


 トイラは居間のソファーに横たわり、毛布をかぶって天井を見ていた。ユキはトイラにおいしいものを作ろうと、台所で忙しく料理をしている。
「トイラ、大丈夫か。誰に手当てをしてもらったんだ。それに送ってきたあの男は何者だ?」
 トイラは一部始終をキースに説明した。
 特に狼と豹がでる噂が立って、嗅ぎ付けようとしている輩がいることを懸念するかのように、柴山には注意しろと 一言添えていた。
「そっか、色々と調べてるときに、あちこちで見られたのかもな。ネットで情報を拡散されたら噂も立つだろう。まあ僕たちが気をつければ問題ないさ。とにかく早く体を治せよ。魔物の実の毒素は抜けるのに時間がかかる。トイラが動けないときに、ジークがやってきたら大変だ」
「それは大丈夫だ。ジークもかなり弱っているはずだ。連続して俺から傷を受けている。奴もすぐには手がでない。俺の力にびびっていたようにも見えた。それより今日の戦いで、俺、変な気持ちになったんだ。一瞬自分じゃなくなった気がした」
「どういう意味だ?」
 キースが興味をもった。
「それが、とてつもない体のエネルギーが、突然表面に出た感覚だった。自分でもわからないんだが、そのとき、俺は自分の体に自分が存在してなかったんだ。 自分に自分が支配される、 こんな気持ち初めてだった」
 トイラはあのとき抱いた感覚を思い出そうとして天井を見つめていた。
「トイラには森の守り主になるパワーが秘められてる証拠さ。大蛇の森の守り主もすごい『気』を持っていた。その力じゃないのか」
「だけど、俺、その後、怖くなった。自分が居なくなるような、全てのものを失ってしまうような喪失感が突然襲ってきたんだ」
「きっと、自分の力に驚いてしまっただけさ。とてつもない力にまだ慣れなくて、戸惑ってるんだろ。それに今は体も弱ってるし、どこか不安になる気持ちもわかるよ。ほんとお前らしくないな。早く憎らしいトイラに戻ってくれよ」
 キースは元気つけるように笑顔を向けて気を配る。
 トイラはキースの霧のように細やかな心配りを感じ、心を落ち着かせた。
「キース、お前が親友に思えるよ」
 トイラからそんな言葉が出てくるとは思わず、キースは照れていた。
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