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朝になり、トイラが目覚めれば、ユキはまだ傍で寝ていた。
ユキの方向に体を向け、手で自分の頭を支えて、じっとユキの顔を見つめていた。
思うことはただ一つ。
どうしたらユキを助けられるかだった。
何度も考えたところで、知らないことはわかるはずがない。
トイラは大蛇の森の守り主の言葉を何度と思い出していた。
大蛇の森の守り主の言葉の中にヒントがあるのでは
とふとひらめいた。
森の守り主になる自分に必ずわかるのなら、わかるはずだと自分を信じることにした。
ジークとの戦いの時に、体の中から出てきたあの力、あれも一体何を意味するのだろうと、森の守り主とは一体何なのか、神経を集中させていた。
ふと、昨晩のユキの言葉を思い出す。
黒豹の姿と人の姿の自分、どっちが本来の姿なのか、そんなこと考えたこともなかったと、その時気がついた。
どっちも自分自身には間違いがない。
でもあの底知れぬ力を感じたとき、自分ではなかったように思えてならない。
どこからあんな力が出たのだろう。
そしてあの時自分はどこへ行ってしまったのだろうか。
トイラは自分のことすら何一つわかってないことに呆れてしまった。
それよりもユキを助けて、自分はその後、人間になれないだろうかと浅はかな事を考えてしまう。
ユキが自分の命の長さに合わせられないのなら、自分が逆に合わせることはできないだろうか。
そうすれば、同じ時間の流れの中で、命ある限りユキと一緒にいられる。
太陽の玉でユキは森の住民にはなれないのなら、自分が人間になれないものだろうかと、発想の転換のようにトイラは希望を抱いた。
だが、まずユキを助けなければ元も子もない。
また振り出しに戻ってトイラは一から考え直していた。
そのとき、ユキが目覚め、トイラがじっと自分を見てたことに気がついて恥らった笑顔を向けていた。
「おはよう、ユキ」
「やだ、いつからみつめてたの。恥ずかしいじゃない」
朝目覚めれば、トイラが目の前にいる。
ドキドキのシチュエーションに布団で顔を隠してしまう。
「ユキ、今日はどこへ行く? デートするんだろ」
「そうだね、どこに行こう」
ユキはこのままずっとベッドに一緒にいてもいいとさえ思っていた。
「トイラ、起きろ!」
キースがいきなりドアを開けて飛び込んできた。
ベッドでトイラとユキが寝ている姿を見て、一瞬まずいと思ったが、それでもお構いなしにズカズカと部屋に入ってきた。
ユキはびっくりして思わず、飛び跳ねるようにベッドから起きた。
顔が真っ赤になっていた。
「おい、キース。ノックぐらいしろ!」
「ごめん、ユキが居るって知らなかったから。だけど、大変なんだよ。外を見てみろ」
ユキが窓を開けて下を覗くと、車や人が家の周りを取り囲み、カメラやマイクを持っている人たちがわんさか湧いていた。
「何これ? まるでワイドショーのレポーターみたい」
トイラもキースも窓から顔を出して外を見れば、そのとたん喚声が沸き起こった。
「あれです、あの外国人ふたりです。あれが豹と狼に変身するらしいです!」
その声が三人の耳に届いたとたん、顔が青くなった。
ユキは思わず窓を閉めて、カーテンを引いた。
外から次に声がする。
「すみませーん、お話聞かせてもらえますか」
ユキは何を思ったか居間に走って、すぐにテレビをつけた。
チャンネルを変えていると、自分の家が映っているではないか。
「やだ、ほんとにワイドショーに映ってるじゃない。一体何が起こったの」
トイラとキースもそれを見て驚いている。
画面には自分たちの写真が紹介され、その後で黒豹と狼の写真が映された。
目は黒い線で隠されていたが、その写真にはちゃんとユキも写り込んでいる
「これ、昨晩のあのときに撮られたんだ」
ユキは怒りで爆発した。
誰がやったかすぐに分かるとすごい剣幕で電話を掛けだした。
自分の部屋で着替えをしていた仁。
突然鳴り出した携帯電話の音に、動きが止まった。
ディスプレイにはユキの名前が入っている。
覚悟を決めて、通話ボタンを押した。
「もしもし」
「仁、なんて事をしてくれたの。どうして、どうして裏切ったの」
ユキの声が耳に刺さる。
「ユキかい。どうしたんだい。こんな朝から」
「よくもとぼけてられるわね。昨晩ジークのフリをしてここへ来て、トイラとキースの写真を撮ったでしょ。どうしてこんなことするの」
仁はこんなにも早く柴山が行動に移すとは思わず、もう大きなニュースになってることをこの時初めて知った。
「なんのことだい」
「仁、もうとぼけないでよ。今、家の周りにワイドショーのレポーターが一杯来てるの。そして生中継でテレビに私の家が映ってるわ。柴山さんに秘密を教えたんで
しょ」
「ユキ、落ち着くんだ」
これは君を救うためなんだ。仁はぐっと体に力を入れた。
「何が落ち着けよ。仁、お願い、助けて。柴山さんにこの騒ぎを止めるように言ってよ。あれはコラ写真だっていえば済むことでしょ」
「ユキ、今忙しいから、また後で話を聞くよ。後少しの辛抱で全てが片付く、それまで我慢して欲しい」
「仁、何を言ってるの? 一体何を考えてるの? 仁!」
ユキが質問したとき、すでに電話は切れていた。
ユキは呆然と受話器を持ったまま立っていた。
「えらいことになったな」
キースが人事のように言った。
「おい、一体どうなってんだ。なんで俺達の秘密がばれちまったんだよ。どうするんだキース。俺たち捕まっちゃうのか」
「いや、それはないだろう。あの写真だけではまだ本当のことかわからないよ。僕達が普通にしていたら、大丈夫さ。あれはやらせですって、そのうちそうなるさ。話題性でこうなってるだけさ」
慎重なキースがまじめに受け取ってないので、トイラは少し安心した。
「私、仁が許せない。仁が裏切ったのよ」
ユキはどうしようもない怒りで体が震えていた。
「とにかく、今日は学校に行った方がいいぞ」
キースが言った。
「えっ、こんなときに学校に行けるもんか」
トイラが吼えた。
「いや、行かなきゃ、それこそ、この写真の姿を認めたことになる。堂々と出て、否定すればいいことさ。それに学校の中までは入ってこないさ」
三人は早速、身支度をして、学校に向かおうとする。
ユキも仁に会って直接文句を言わないと気がすまない。
気合を入れてユキは玄関のドアをスライドさせた。
レポーターが待ってましたの様に身構えたが、三人は堂々とその中へ突っ込んで行った。