Brilliant Emerald

第九章

5 

 登校途中、無節操に質問攻めにあうが、ユキは硬く口を閉ざして平然と無視をしていた。
 トイラとキースの周りは、一定の距離を保って、レポーターもカメラも様子を見ている。
 言葉の違いだけではない、近づきにくい理由がありそうだった。
 ユキには遠慮なくずけずけといいたい事を言っている。
「この外国人は、本当に豹と狼に変身できるんですか。そしてあなたはそれを知っていて一緒に住んでるんですか」
「なんの目的でこの動物に変身できる外国人を世話してるんですか」
「あなたも、何かの動物に変身できるんですか」
「本当のことを話して下さいよ」
 しつこいレポーターのアホらしい質問に、ユキは切れそうにこめかみをひくひくさせている。
 だが、ぐっとひたすら堪えていた。
 そして突然立ち止まった。
「あの、ほんとにそんなことを信じてレポートされてるんですか? これが本当のことだと思いますか? 写真だけではコラとかも考えられるし、それこそ、町おこ しのために、誰かが仕組んだことだと思えませんか? これは絶対誰かがやらせでやってるんですよ。ほんと考えたらわかりそうなことだと思うんですが」
 仕事だから仕方なく馬鹿な事を演出してわざとやっているのかもしれない。
 ユキの言葉はレポーターたちを一瞬でも黙らせるには効果があった。
 
 学校の校門を潜れば、レポーターはもう来なくなった。
 安心したのも束の間、今度は学校中が奇異の目でユキたちをみていた。
「みんな、もうテレビ見て知ってるんだ。次は教室の中で揉まれそう」
 ユキは覚悟して教室に向かった。
 がやがやしていた教室は、三人がやってくると、水を打ったように静かになった。
 キースにお熱を上げていた女生徒たちも近づこうとも挨拶しようともしなかった。
 どこかみんな警戒している。
 そんな中でひとりだけユキに近づくものがいた。
「おはよう、春日さん」
 マリだった。
 そしてトイラとキースのことを奇妙な面持ちで尋ねてくる。
「あのさ、テレビで変なものみたんだけど、あれって本当はどうなの?」
「やだ、矢鍋さんまであの話信じてるの? もちろん嘘に決まってるじゃない。もうやだ」
「そっか、やっぱりやらせか」
 マリはあっさりとユキを信じた。
 この間から二人の関係はどこか距離が縮まっていた。
 ミカが教室に入ってきて、颯爽にキースに近づいていった。
「おはよう、キース。この前はありがとうね。これ、お礼」
 手作りクッキーをキースに手渡した。
 トイラはそれを見て怯えていた。
「アリガト、ミカ。ウレシイ」
「いいのよ。だって私をお姫様抱っこして家まで運んでくれたんだもの。キースは私の王子様よ」
 目がハートになっているようだった。
「ちょっとミカ、あなた、朝のニュースみてないの?」
 誰かが小声で聞いていた。
「えっ、あれ、もちろん観たわよ。あんなの嘘に決まってるじゃない。みんなそんなこと信じてるの。その方がいいわ。これでキースに近づけるのは私だけにな る。ふふふ」
 それを聞いて、キースを慕っていた女子生徒たちは、顔色が変わった。
「えっ、ミカはトイラ派だったじゃない」
「ううん、キース派よ」
 ミカは恥ずかしげもなくキースの腕を組んだ。
 キースは嫌がりもせず、素敵な笑顔を振りまいていた。
 それが効果をもたらし、また女生徒達はキースの元に集まってきた。
 戸惑って、ただ様子をみてただけなのだろう。実際自分の目でその事実を見たことなければ、本当に黒豹や狼に変身するなんて普通信じられるはずがない。
 ユキはほっと胸をなでおろした。
 図太いミカだから、例えキースが狼であっても気にしないことだろう。
 クラスの雰囲気をかえるなんて、ミカも役に立つことがあるもんだとユキは思った。陰険だけど……と付け足しも忘れなかった。
 そのとき、仁が廊下を歩いていくのがユキの目に入った。
 咄嗟に追いかけて、教室に入ろうとする仁を呼び止める。
「仁、話があるの」
「ユキ、もう先生が来るよ。また後でいい?」
 仁は冷たくあしらって自分の教室に入っていった。
 優しくてお人よしの仁が急に非情に変わってしまい、ユキは悲しくなってくる。
 それでも裏切ったことは許せない。
 ユキはくすぶった感情を抱いて、どうすべきなのか考え込んでいた。
 
 仁もまた、ユキのためとはいえ、この先が上手くいくか不安でたまらない。
 心を鬼にして踏ん張っているが、もし失敗した場合、ユキに嫌われるどころだけで済まない。
 ユキの命が危ない。
 何度も心の中で『君のためだから』と呟いて正気を保っていた。
 結果として、仁と柴山がやったことは町の役に大いに役立った。
 高校にも問い合わせが入り、学校側は宣伝になったと喜んでいた。
 町もなんの騒ぎかと野次馬がいろんな ところからやってきて、みやげ物屋や地元の商店街の客が増え、挙句にそれを利用して、豹と狼饅頭などの商品まで便乗して現れた。
 そのうちグッズも流行のゆるきゃら風に作られて売られるかもしれない。
 黒豹と狼の需要はたくさん見込めた。
 町の住民誰もが、噂の真相をしんじるどころか、この恩恵を受けて、トイラとキースに感謝していた。
 ほとんどの人が、本当のことだと信じるものはいなかった。
 ワイドショーも結局は町おこしに利用されたという結果に終わり、あっという間に騒ぎは沈静化へ向かった。
 柴山は町には感謝されたが、仕事仲間からそんな馬鹿らしいことをしてまで、出身地を盛り上げたのかと笑われていた。
 良子にまで笑われて、さすがに腹が立ったのか、このままで済まそうとは思わなかった。
 仁も思わぬ方向に事が運んでしまって、苛々していた。
 ユキには嫌われ、トイラとキースにも怖くて近づけない。
 逃げるような思いで学校ではおどおどしていた。
 またあの喫茶店で仁と柴山は、コーヒーを囲んで話していた。
「仁、大失敗だよ。なんでみんな信じないんだ。本当のことなのに」
 柴山は、腕を組んで椅子の背もたれに深く腰を掛けていた。
「このままじゃダメだ、もう時間がない。約束の日まであと三日」
 仁は絶望感でうなだれていた。
「何が約束の日まであと三日だ?」
「いや、それは柴山さんには関係ないんだけど、とにかくトイラとキースがユキから離れてくれないと困るんだよ」
「俺も、恥掻いたよ。本当のことなのに、なんで俺が馬鹿にされないといけなんだ。しかも良子にまで今まで以上に罵倒されたよ」
 柴山は悔しくてたまらず、ストレスで頭を掻き毟っていた。
「他に何か良い方法がないんだろうか。柴山さんもこのまま引き下がらないよね」
「そりゃ、そうだが、うーん。あっ、そうだ。こうなったらユキちゃんを使おう」
「何をするの」
 柴山は仁に計画をこそこそと話し出した。
 少々危険が伴うのか仁の顔が怪訝になっていた。

 その日の夕方、ユキは夕飯の支度に忙しくしていた。
「なんとか落ち着いたね」
 キースが家のソファーに座ってテレビを観ながら呟いた。
「だけどさ、これすごいぜ。豹と狼饅頭」
 トイラは、豹というより、猫みたいな形の饅頭をぱくついていた。
 目の前のコーヒーテーブルの上に商店街からのお礼なのか、いろんなものも届いている。
「トイラ、ご飯の前にお菓子食べないでよ。もうすぐだから」
 母親のようにユキは注意していた。
「だけど、心配することなくてほんとよかった。一時はどうなるかって思った。それでも仁のことは許せない。キスまでしといて、この仕打ちはなんなのよ」
 ユキは独り言のようにぶつぶつと愚痴っていた。
「えっ、キスされたの?」
 キースの耳には小声でもしっかりと届いていた。
「あっ、それはどうでもいいの。ご飯できたよ」
 ユキはつい口走ってしまって慌てていた。
 でももうほんとそんなことどうでもよくなっていた。
 仁に対しての怒りだけが収まらなかった。
「だけど、やっぱりおかしいよ。仁がこんなことするなんて。俺たちを裏切るような奴じゃないよ。何か訳がある」
 トイラはじっと考えていた。
「こんなことされてまで、トイラは仁の肩を持つの? 絶対これは私に対する嫌がらせよ。仁がそんな人だと思わなかった」
「ユキ、本気でそう思うか? 仁はあれだけユキのこと好きなのに、嫌がらせするような奴だと思うか?」
「やだ、トイラ、なんでそこまで仁の肩持つのよ。仁の話をするのは止めて。考えたくもない」
 ユキは一人でプンプンしていた。
 しかしトイラは、怪我をした自分を運んでくれたことを思い出すと、仁がこんなことをするには訳があるとしか思えなかった。
 心の底ではジークが絡んで いるんではないかと疑っていた。
 かつて自分も同じように、言葉巧みに騙されたことがあるだけに、誰かが絡んでいないと仁はこんなことをするはずがないと思えてならなかった。
目次

BACK  NEXT


inserted by FC2 system