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コーヒーの香りが漂う静かな朝の喫茶店。アンティーク調に落ち着いた色合いで統一感がある。一昔前のレトロなテーブルと椅子がある空間はほっとさせてくれるものがあった。
この店に足を踏み入れたとき、客もまばらでゆったりと過ごしているように見えたのは、時間に余裕がある人たちばかりがここにいるからなのだろう。
だって朝の忙しいときにコーヒーやモーニングセットを目当てに来るなんて余程の暇人しかいないように思える。
平日の朝は学校や仕事に行く人たちで溢れて、喫茶店に来る暇なんてないはずだ。
だから制服姿の女子高生が学校にも行かずにここに居ることはなんとも場違いな気がした。
私は今、うつむき加減に見知らぬ男性を目の前にして座っている。
本当なら私は今頃死んでいたはずなのに――。
「朝食食べた?」
優しい声が私の耳に届く。
顔を上げれば、人懐こい笑みが私に向けられた。少しドキッとしてまた目を逸らす。
「もしかして、恥ずかしがりやさん?」
くすっと笑い声もした。
私はどうしていいかわからないまま、ただ小さくかぶりを振った。
「とにかく、まずは温かいものでも飲もうか。何がいい?」
「私、その……」
まだ状況が飲み込めず、私は何も言えなかった。
黙り込んでしまった私だけど、慌てることなく男性は落ち着いていた。
「ここは何でもあるよ」
メニューを広げて私にも見せてくれた。混乱している私に沢山並んでいる文字を見せられてもゲシュタルト崩壊して意味をなして頭に入ってこない。
「ダージリンもファーストフラッシュとセカンドフラッシュとオータムナルまで置いてあるんだ。すごいな。そういえば、あの人はファーストフラッシュ飲みたがっていたな」
男性が一人で呟いていた。
ダージリンは紅茶の名前だけど、ファーストフラッシュ? セカンドフラッシュ? オータムナル? 一体何のことだろう。メニューを見つめ、余計にこんがらがってしまう。私がすっかり言葉を失っていると、男性は助け舟を出してくれた。
「それじゃ、僕が決めるね。ハーブティなんてどうかな。カモミールなんて今の君にいいと思うよ」
「はい……」
もう、なんでもいい。私はこの場を持たせたくて適当に返事した。
後で知ったけど、ダージリンの紅茶は春夏秋と年に三回摘んで、それぞれ呼び方も味も変わってくるそうだ。彼は何だかお茶に詳しそうだ。私のために頼んで
くれたハーブティのカモミールにもリラックスさせる効果があるらしい。彼はそれを知っていたから私を落ち着かせようとしていたのだろう。その気遣いはわか
らないでもない。私はもう少しで駅のホームから飛び込もうとしていたのだから。