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 その日から私は生まれ変わった。鏡に映った自分を見ても、自分を取り囲む周りですら違って見える。全てが何もかも新鮮だ。
 最初教室に入るとき少し緊張したけど、リュウゴのためと強く念じて思い切ってそこに入り込む。何があろうと、どう思われても気にしない。一人でも辛くない。勇気を得たようでもあり、開き直ったようでもある。
 しっかりとした大人になりたい。ただ私はリュウゴの事を考えて、何をするのも全てがリュウゴのためだとそれで乗り切ろうとする。
スマホにリュウゴからのメッセージが届くと、一日の疲れが吹っ飛ぶくらいにパワーが漲る。リュウゴがこまめに連絡をくれるのも嬉しい。
『頑張ってる?』
『楽しんでいるかい?』
『あまり無理しちゃだめだよ』
 他愛のないメッセージでも、気にかけてもらえるだけで幸せを感じ、私は益々持てる以上の力を出そうとする。
「最近、あの子変わったよね」
「別人みたい」
 そんな噂が時々私の耳に入ってくる。
 成績もよくなり、先生や両親からも褒められて、自分が新たになった喜びを感じる。私と言う強い自我が芽生え、心が変われば人々の見方もそれらしく見えてくる。
 変わったと言われるのが私は嬉しかった。
 私の事が気に入らない人たちは、私が側を通れば露骨に舌打ちし「悔しい」とまで言う。まだ自分たちの方が上だと見せ付けるように私を下げようと悪口も飛び交っている。
 だけど一生懸命頑張っている姿の私を見れば、悪口を言っている人たちの方が馬鹿に見えてしまう。私は以前の私ではない。中身が変わった。もう私は卑屈になってた麻弥じゃない。
 私にはリュウゴがいるんだから。恋の力というのは本当に魔力の何ものでもない。
 私はひたすらリュウゴと約束した大人になるまで我武者羅に頑張っていた。
 そうしているうちに、私の側に近寄ってくるものがいた。
「最近綺麗になったね」
 褒めてはいるけど、彼女の顔は笑ってない。桜庭愛美里。クラスでは一目置かれている女の子だった。つんとすまして物事をじっくり見るような洗練された優 等生。容姿端麗でもあり、誰からも羨望の眼差しを向けられる高貴な女王様。最初から住む世界が違うと愛美里は私のことなんて気にもしなかったはずだった。 その彼女が私に話しかけてきた。
「そうかな」
 一応は謙遜してみるけど、褒められるのはやはり嬉しい。性格はどうであれ、愛美里は私の目からみても美しいと思える女の子だった。そんな子から認められるのは光栄だ。
「一体何があったの? 以前のあなたは冴えなくてうじうじしてたのに」
 はっきりと言ってくれる。私そんなにいけてなかったのだろうか。でもずけずけと言われるほうが却って笑えてしまう。
 私もそれなりに大物なんだよって知らせてやりたい。
「恋をしているからかな」
 私にはリュウゴがいる。とっても素敵な彼なんだから。
「恋? 彼氏ができたの?」
「私はまだ高校生だから、私が大人になるまで彼は待ってくれてるの」
「年上の人? へえー、やるね。どんな彼なの? 写真とかないの?」
 写真……。そういえばまだ一緒に撮った事なかった。私は首を振る。
「かっこいいの?」
「もちろん」
 そこだけは自信を持って言える。
「桜庭さんは彼氏いるの?」
「いない」
「なんか意外。桜庭さんだったらもてそうなのに」
「言い寄ってくる人は確かにいるけど、全く好みじゃないの。私も年上の人に憧れるな。いいな、高宮さんは」
 愛美里はどこか半信半疑に私を見ていた。どこまで信じていいのか戸惑っている。でも確かに私は変わったから、恋をしていることは嘘ではないと思っている様子だ。
「高宮さんが変わるほどに恋した年上の彼。益々興味津々になっちゃうな。是非とも会ってみたいな」
 私は愛美里の好奇心を刺激したようだ。物怖じしない愛美里はどこまでも自分の欲望を押し付けようとする。まだ私のどこかに思い通りにできる従順さがある と感じているのだろうか。それともクラスで急に成績が上がった私にマウントして自分の方が上だと知らせようとしているのだろうか。
「いつかね」
 私は適当に答えてはぐらかす。
 もし愛美里がリュウゴに会ったら、絶対に恋に落ちてしまう。リュウゴは女性の心を掴む力を供え持っている人。一度リュウゴと声をかわせば魔法がかかった ように心が奪われる。私がそれを一番よく知っている。もしリュウゴが愛美里に会えばどう思うだろう。私よりも愛美里の方が美人だしスタイルもいい。
 愛美里が自分に近づくとなんだか急に不安になってくる。ここまで変われても、元々与えられた美しい容姿には敵わない。愛美里はそれをわざとらしく私に見せ付ける。
 愛美里が私に近づいて暫くしたとき、どこからか噂を耳にした。
「桜庭さん、相当高宮さんをライバル意識してるみたいだね」
「高宮さん、雰囲気が変わったし、成績もよくなったから桜庭さんのプライドが許さないんだろうね。あの人、自分よりも目立つ人を潰そうとするから」
 愛美里はやっぱり自分が上級だと思っていた。さりげなく近づいて私の様子を探っている。あんな美人の愛美里がこの私を目の上のたんこぶに思っているなんて、冷静に考えれば光栄なことなのかもしれない。冴えなかった高宮麻弥がそこまで変われた証拠だ。
 でも悠長に笑っていられなくなった。愛美里は私を蹴落とそうとする何かを虎視眈々と狙っていたからだ。そして私の恐れている事が起こってしまったから、私もやられたと思わずにはいられなかった。
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