12

 次の日、朝のホームルームが始まっても愛美里は学校に来なかった。なんだか胸騒ぎがする。リュウゴと何かあったのだろうか。それを考えると、落ち着かず一時間目の授業が上の空だった。
 休み時間に、スマホからこっそりとリュウゴにメッセージを送ってみた。

 ――昨日、愛美里と何かあったの?
 すぐに返事が返ってきた。
 ――無理に家に押しかけてきたけど、おばあさんが相手してくれた。僕がお茶を用意している間にすでに姿が見えなくなったんだ。

 そうだ、リュウゴはおばあさんと一緒に暮らしていた。そういえば最近手がつけようのないくらいぼけ出して近所でも迷惑をかけていると言っていた。
 かわいそうなおばあさん。若いころは綺麗だったらしいけど、歳には敵わない。私もお世話になったのに、こんな形になってしまって哀れだ。私は同情せずにはいられなくなった。

 ――おばあさん、大丈夫?
 ――うん。昨日はちょっと興奮して、ぐったりしてた。でも今は薬飲んで落ち着いている。

 リュウゴは懇親的におばあさんの介護をしている。おばあさんだけがずっと一緒に暮らしてきた家族だからだ。恩返しのつもりで最後まで責任もって面倒を見ると言っていた。その最後がそろそろ近いのかもしれない。

 ――ねぇ、久しぶりにおばあさんに会いに行っていい?
 ――いいけど、あまりいい状態じゃないよ。今はもう寝たきりになってる。見ていると君の方が辛くなるかも。

 でも、リュウゴの家族としてずっと暮らしてきた人なんだから、私も邪険にはできない。リュウゴとの思い出を共有した人。敬意をもって僭越ながら私も見送って上げたい。
早速今日、学校が終わってから会いに行くと伝えておいた。


 三時間目が始まってから遅れて愛美里が学校にやってきた。顔に擦り傷、手首には包帯が巻いてあった。まるで病院に行ってきた帰りの様子だ。私はついじろじろと見てしまい、そのうち目が合うと愛美里は露骨に視線を逸らした。
 何があったのか気になったのは私だけじゃなかった。あんな姿をして遅れて学校にやってきたら気にしない方がおかしい。授業中、教室に入ってきた愛美里に先生もびっくりして「大丈夫か」と咄嗟に訊いていた。
授業があったので、先生はそれ以上詳しいことは訊かなかったが、休み時間になると愛美里の取り巻きの一人が心配して即効で近づいた。
「どうしたの、愛美里。なんか痛々しい」
「うん、ちょっとね」
 私は耳を澄ましていたけど、愛美里は詳しい事を言わなかった。ただ時々、私に視線を向けては目が合うと逸らすという鬱陶しい態度を取っている。その理由が知りたくて私はやきもきしていた。
 その放課後、帰ろうとしている愛美里に私は近づいた。
「桜庭さん、昨日何があったの?」
「何もないわ」
 私を無視して帰ろうとする愛美里の腕を咄嗟につかんだ。
 愛美里はドキッとして私に怯えた目を向けた。
「昨日、リュウゴの家に行ったんでしょ。知ってるのよ。そこで何があったの?」
 私の問いかけに愛美里は目を泳がせていた。
 私からリュウゴを奪おうとして、抜け駆けで家まで押しかけた愛美里。そのときにおばあさんと一悶着あったに違いない。
 それを問い詰めたかったのに愛美里は貝のように口を閉ざし、何も言おうとしない。ただ私に困惑の眼差しを向ける。
 ボケたおばあさんを愛美里は不本意に傷つけてしまったのではないだろうか。認知症を患った人は被害妄想に陥って身内でも自分の敵とみなして攻撃的になる という。そこに突然見知らぬ愛美里が現れれば、なおさら何かを盗みに来た泥棒と思い込んでも致し方がない。咄嗟に襲い掛かられて、抵抗しているうちに、愛 美里は怪我をしてしまった。そしておばあさんも同じように怪我をした。そういう筋書きが頭によぎった。
 その事実を知られるのが怖くて、愛美里は逃げた。私が問い質せば問い質すほど、愛美里の口は堅くなる。でも目だけは恐怖を見たように怯え、一刻も早く忘れたいとばかりに何も語ろうとしない。
それならそれで仕方がない
「わかった。言いたくないのならそれでいいけど、もうリュウゴには近づかないでよね。これ以上近づいたら、もっと痛い目に遭うからね」
 言葉の綾だけど脅してやった。その後私は腹立たしく踵を返す。どうせ嫌いな人だ。私には関係ない。その私の立腹した態度を見て焦ったのか、愛美里はとうとう口を開いた。
「高宮さん、私何も知らない。もう近づかないわ。彼にもあなたにも……だから……」
 だから何だと言うのだろう。あくまでも自分を守りたい保守的な態度。その後は言葉を濁すようにぶつぶつとしか聞こえなかった。
 私は振り返り、愛美里を睨んでやった。
 何が言いたいの。そんなこと私の知ったことじゃないわ。私の方こそあなたなんてどうでもいいのだから。
 それが効を奏したのか、益々怖がって愛美里の身が竦んでいた。あれだけ自信たっぷりにしていた女王様だったのに、私の前ではその面影がない。自業自得。そんな言葉が頭によぎった。これで愛美里も懲りてリュウゴに近づこうとしないだろう。やっと痛い目を知ったのだ。
 誰がなんと言おうと、リュウゴはやっぱり私のもの。だけどまだ高校生でいることがもどかしい。
 私は精一杯背伸びして大人びようとする。なんて健気なんだろう。そんな風に思う自分がおかしくてくすっと笑ってしまった。

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