14

「おばあちゃん、どうしたの? 何かほしいの?」
 甘く優しい声。おばあちゃんですらとろんとした様子でリュウゴを見つめていた。
 自分で起き上がることもできず、ただリュウゴに甘えている。まるでリュウゴを恋人と思っているようだ。少しだけ妬けてしまう。だけど仕方がないと私はこの時、おばあちゃんにリュウゴを譲った。それが礼儀でもあるように思えた。
「ああ、ああ」
 急に興奮した声が聞こえたかと思うと、おばあちゃんは私を見ていた。
「お邪魔してます」
 軽く頭を下げ殊勝な態度を示す。
 おばあちゃんは私を見るなり涙を流し始める。何かを話そうとするけど、上手く言葉が口からでないでいる様子が哀れで、私は目を逸らしたくなった。でもそうするのも失礼で、私もどうしていいのかわからなくなってしまう。
「昨日、興奮して暴れたから、少し強い薬を飲ませてるんだ。その副作用で思うように話せなくて、少し朦朧とするみたい」
 リュウゴはおばあちゃんの頭を優しく撫ぜながら教えてくれた。
「そういえば愛美里は顔や手に怪我をしてた」
「おばあちゃん、愛美里が近づいたら手を掴んでずっと離さなかったみたい。それでもみ合ってベッドから落ちて、その時手当たり次第に愛美里を傷つけてしまったんだろうね」
 愛美里も老婆から突然手を掴まれて襲われたら、たまったもんじゃなかっただろう。
 おばあちゃんは何かを必死に伝えようと口をパクパクしている。リュウゴは耳を近づけその言葉を聞こうとしていた。
「えっ、何? お願い? 貸して? カラー?」
 おばあちゃんの伝えようとしている言葉をリュウゴは必死に拾うも、その言葉は意味を成してなかった。
「何がいいたいんだろう」
 リュウゴはおばあちゃんの見つめる先を見る。そこには私が座り、いっぱい写真が置かれているちゃぶ台があるだけだ。
「カラーって言ってるから、カラー写真がみたいのかな」
 リュウゴは首を傾げ、適当に一枚手にしておばあちゃんに見せてあげた。
 それは水着姿の若かりし頃のおばあちゃんの写真だった。
「これ、おばあちゃんがまだ若かったときの写真だよ。これが見たかったの」
 おばあちゃんは首を横に振る。
 リュウゴは私に助けを求めるような顔を向けた。だから私はおばあちゃんの側に近寄った。
 私が側に行くなり、おばあちゃんは益々何かを伝えようと口を動かす。力を振り絞り、すっかり干からびてしまった手を震えながら私に差し出した。
「お、え、かい、か、せ、て、から、あ」
 はっきりと言葉になってない。私は憐憫の念を抱き、なんとかおばあちゃんをなだめようとする。
「おばあちゃん、ごめんね」
 おばあちゃんの思うようにならない事が気の毒すぎて、私は謝ってしまった。
 おばあちゃんはそれを訊いて益々涙を流し、その後は嗚咽して苦しそうだった。そんな姿を見せられたらやっぱり私も苦しくなる。私もつい貰い泣きしてしまった。


 おばあちゃんを見ていると、私はどんなときも人には優しく接してあげなければと思ってならない。いつか消え行く命。人間の定め。それを目の当たりにしてしまうと、赤の他人であってもやはり胸が詰まってしまう。
 本当に赤の他人ですましていいものだろうか。私は考え直す。おばあちゃんは私にとったら赤の他人なんて言ったらいけない。
 若い頃のおばあちゃん。写真の中では美しく輝いている。なんだかぐっと来てしまい、私も一緒になっておばあちゃんの情に流されていく。
 リュウゴも同じように泣いていた。おばあちゃんとの別れが近いと確信したのだろう。
「少し思い出話をするね」
 リュウゴは昔を思い浮かべながら話し出した。それはおばあちゃんに聞かせているようでもあり、私に言ってるようでもあった。
「僕、おばあちゃんのこと大好きだよ。本当に若い頃はおばあちゃん綺麗だった。一緒に手を繋いで歩いていたとき、僕は本当に幸せだった。孤独な僕を深い愛 情で包んでくれたおばあちゃん。おばあちゃんはいつも温かくて、抱きしめられるとほっとした。でもおばあちゃんがどんどん歳を取っていくのはやっぱり辛 かった。いつか別れがきてしまう。おばあちゃんは僕の前から消えてしまう。なんとかしなくちゃっていつも思っていた。でもそれもやっとふっきれたと思う。 おばあちゃんがいなくなるのは寂しいけど、僕はそれを受け入れる事ができる。これも麻弥に会えたからだと思う」
 しんみりと私は静かに聞いていた。リュウゴは更に続けた。
「でも麻弥にとったらいい迷惑だったかもしれないね。僕は昔から女性をひきつける力が備わっていて、自分で言うのもなんだけど、いつももてていた。それで 僕は麻弥を夢中にさせてしまった。それが、麻弥の運命を変えた。麻弥はあのとき自殺しようとしてホームから飛び込もうとしていたけど、僕はそれを阻止し た。僕はその時、頭の中で色んな事を巡らせていたと思う。麻弥を自殺から引き止めたのは助けようと思ったわけじゃなかったんだ」
 申し訳なさそうにリュウゴは虚空を見ていた。
「麻弥なら僕を助けてくれる。僕のためならなんだってしてくれる。僕は命の恩人だし、麻弥もお礼がしたいといってくれた。だから僕はそれを利用した。麻弥は喜んで僕に一生を捧げてくれるつもりになった。有難かった。だけど、麻弥、もしかして後悔してる?」
「そんな事、訊かれてもね……」
 私はおばあちゃんを横目にして相槌を求めるように言った。
「だけど僕はひとりの人しか愛せないんだ。どんなにたくさんの女性からアプローチされても、僕が好きになるのはいつもひとりだけ。たったひとりの人をいつも追い求める。僕は変わった体質なんだ」
「それって理想だと思うけどな」
 私はつい口を挟んでしまった。まだ話が終わってないリュウゴから最後まで聞けってちょっと睨まれた。
 ごまかしたように私は笑って首をすくめてしまう。
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