リュウゴは静かに耳を傾け、時々私の気持ちを汲んで相槌を打っていた。それが心地よくて、私はこの時とばかりに胸のうちを吐き出した。そのまま訥々とリュウゴに話しているうちに、私のハーブティが運ばれてきた。
花柄の白いティーカップに注がれた淡く輝いた黄色い液体。ほのかに香るリンゴのような匂い。湯気が優しく漂っていた。
 私がそれをじっと見つめている間、リュウゴは早速自分のコーヒーカップを手にし、砂糖もミルクも入れずに口に一口ふくんで味わう。
 カウンターの奥からマスターがこちらを気にして見ていた。だから私もカップを手にとって口をつけた。
 初めて飲んだハーブティ。香りはするけど、口に含めば温かいお湯。頼りない味ではあったが、それが舌にまろやかですんなりと馴染んだ。ゆるりと喉を通って身体に入るとふっと力が抜けたように気持ちが軽くなった。
「美味しい?」
 微笑みながらリュウゴが私に訊く。正直これが美味しいと呼べるのかわからない。でも魔法がかかったように気持ちが和らいだのが不思議だった。リュウゴを 目の前にすればそれはきっと何でも美味しくなるのだろう。それにリュウゴが私のために選んでくれたお茶。だから軽く頷いた。
 そしてまた私は一口飲む。二度目はすでに味を知って慣れたようにすっと身体に入っていく。どこか優しくて、それがリュウゴと重なって、私はカモミールティも好きになっていた。これを飲むたびにリュウゴを感じられるような気になった。
 それと同時にリュウゴが自分の前に居ることも段々当たり前のように思えてならなかった。それぐらい、彼には人を惹きつけるオーラがあった。
「あの」
 すっかり落ち着いたとき、私はカップを両手に抱えて声をかけていた。
「ん?」と訊く姿勢になったリュウゴ。
「えっと、その、ありがとうございました」
 私は助けてもらったお礼を言った。
「その言葉が出てきたところをみると、僕のしたことは間違ってなかったんだね。本当は迷ったんだよ」
「えっ?」
「麻弥ちゃんの好きにすべきか、僕がそれを阻止するか」
 リュウゴは微笑み、コーヒーをまた口にする。その後ゆっくりとカップをソーサーに戻し、私を見ればその瞳が妖しく光っていた。なんだかぞくっとした。それが魔力のように益々私の興味を鷲づかみにしていく。彼から目が離せなかった。
「言っただろう、死にたくなる気持ちは分からなくもない。僕も一昔前はそんな事を考えたことがあったから。死ねるのならこのまま好きにさせてもいいのかも しれない。でもさ、残された人の悲しみも知っているから、僕はやっぱり阻止するべきだって思った。本当にこれでよかった?」
 そんな風に訊かれると私はどう答えていいのかわからなくなった。リュウゴは私の答えを待っている。
 でもリュウゴに助けられたのはよかったと思えてならない。
「はい……」
 リュウゴの目を見ていたらこの僥倖に自然とそう答えていた。
「自殺なんて贅沢だよ。どうせ人間は死ねるんだから自然に任せばいいんだよ。それまで生きて何かの役に立つ事を考えてみたらどうだい?」
「役に立つ?」
「そう。例えば麻耶ちゃんの一生を僕に捧げるとかね」
 さらりと言った後、リュウゴはまたコーヒーを飲んだ。私は何を言われたのか分からずリュウゴを見つめていた。リュウゴはどこまでもかっこよく、何をしても様になるくらい完璧だった。半分見とれ、半分困惑する。
 私は一体どんな顔をしていたのだろう。目の前のリュウゴはミステリアスに微笑していた。
「そんな事をいったところで、麻弥ちゃんはまだ高校生だもんね。彼氏いるの?」
「いえ、いないです」
 なんだか焦って否定する。もし本当にいたとしてもきっと嘘をついてまで否定していたかもしれない。私は知らずとリュウゴに気に入られたかった。だからリュウゴが私の欲望に気がついて私の願っている事を口にする。
「それじゃ、僕なんてどう?」
 まるで100円ショップで買い物しているような気分で安易に商品を勧められる。私にとってリュウゴは到底手が届かないブランド品なのに、それをいとも簡単に手にしろと手渡されたような気分だった。

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