「どうしたの?」
 ドアの前で突っ立っている私にリュウゴが声をかけてきた。
「もしかして全てが夢なんじゃないかなと思うと、このドアを開けるのが怖くて」
「じゃあ、一緒に確かめようか。これが夢だったら、外はどんな現実が待っているんだろうね」
 面白半分、他人事のようにリュウゴが軽々と言った後、ドアに手をかけて押した。私はごくりと思わず息を飲み込んだ。
 明け放たれたドアの向こう。太陽の光がまぶしく私に降りかかる。一瞬辺りが白くなり、私は咄嗟に目を瞑ってしまった。
「ほら何も心配ないよ」
 リュウゴが優しく私の腕を取って引っ張った。
 ゆっくりと目を開けると、駅前のざわついた喧騒が視界に飛び込む。道路を走っていくたくさんの車。電車も通っている。ごちゃごちゃとした看板があちこちにある雑居ビルがひしめき合っている中を、忙しく行き交う人々。それはいつも見ている光景だった。
「夢じゃなかった」
 思わず呟くと、リュウゴは「ほらね」と笑いながら言った。
 私はこの世界でリュウゴに本当に助けられたんだ。これが現実の出来事に感謝する。
 私はまだリュウゴと離れたくなかった。少しモジモジしていると、リュウゴはそれを察してくれた。
「うちに来る?」
「えっ?」
 ちょっとドキッとする。
「家には人がいるから、大丈夫だよ。よかったら家族を紹介するし。僕も家族に麻弥ちゃんを会わせたいな」
 リュウゴの家族。どんな人たちなのだろう。もしかしたら将来私の家族になる人なのかもしれない。私は喜んでその誘いを受け入れた。

 静かな住宅街に建つ少し古い日本家屋の家。年季が入っていた。ここがリュウゴの家。案内されるまま上がり込むと、年老いたおばあちゃんが大げさに喜んで、私を温かく歓迎してくれた。
「あら、かわいらしい女の子だね」
「麻弥ちゃんだよ」
 その側で優しく寄り添い介護するリュウゴ。
 リュウゴは私と会った事をおばあちゃんに全て話した。自殺のところは飛ばして、ホームに落ちそうになったことだけを伝えていた。
「そうかいそうか、リュウゴが助けたのかい。いい事をしたね」
 目を細めると更に目じりに皺ができるおばあちゃん。私の事を気に入ってくれたみたいだ。私も精一杯優しく接する。 ぎゅっとおばあちゃんに手を握られて 喜んでくれるから嬉しかった。おばあちゃんは私に色々と質問してくる。おばあちゃんは大げさに褒め、大げさに驚き、大げさに喜ぶ。それが楽しくて私は自分 の事をいろいろ話していた。

 楽しく時間が過ぎていき、私たちの会話が弾んで暫く経った後、リュウゴが訊いた。
「これからどうするの?」
 私は時計で時間を確かめる。
 自分の思うように事が進んで舞い上がっている私は、リュウゴと一緒にこのままいつまでも居たい。
 でもそれを振り切るように私は背筋を伸ばして彼をしっかり見つめる。
「遅刻だけど、堂々と学校に行きます」
「わかった。少し寂しくなるな」
「あっ、そうだ。連絡先交換しなくっちゃ」
「本当にまた僕に会いたい?」
 リュウゴは私に念を押す。でもそうやって確かめられると私はどんどんのめり込んで意地になってでも気持ちを曲げたくなくなってしまう。却ってそれがリュウゴとの距離をどんどん詰めていくようだ。私はやっぱりリュウゴが好き。この先もずっとそうであると思う。
 私たちはお互いのスマホを取り出して連絡先を交換する。離れてしまってもこれで絆が繋がったままの気がして心強かった。この時代、便利なツールがあって本当によかったと思う。
 リュウゴは私に片手を差し出した。握手? なんだか今更照れくさいような気もする。私は遠慮がちに手を伸ばして、彼の手にそっと触れた。強すぎず、弱す ぎず、ちょうどいい加減の優しい握り方。リュウゴの温かさが私の手に伝わってくる。やっぱりドキドキとしてしまった。本当は思いっきり彼に抱きつきたかっ たけど、おばあちゃんの目の前だからちょっと遠慮した。
 でもおばあちゃんを見れば、疲れて寝てしまったようだ。
「おばあちゃん、ありがとうね」
 私は起こさないようにそっと家を出た。

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