10

「不意に、以前もこんな風に館山君と話してた間隔がよぎった」
「まあ、教室では席が隣だからな」
「またそれとは違うような気がする。でもこういう感覚は脳のいたずらでもあるからね。私、それだけ館山君と一緒にいられることが嬉しかったんだと思う……」
「おっ、そ、そうか」
 沙耶の方がしっかりと気持ちを伝えてきている。
 レオは照れながらも、沙耶を優しく見つめる。
 沙耶はまだ何かいいたそうに唇を少し震わせていた。
 その時、春の暖かな風が、突然気まぐれに吹き荒れた。
 沙耶は髪を抑え、体をすくめた。
「春のつむじ風だな」
 レオは目を細め風をやり過ごしていた。
 側では、すでに散った後の桜の花びらが小さく渦を巻いて回っていた。
 それと同時に、どこからタンポポの綿毛がふわふわと飛んできた。
 それは気にも留められずに、宙をあてもなく彷徨っていた。
 風が過ぎ去り、沙耶が顔を上げたとき、駅に向かって歩いてくる友達の姿が目に入り、急に落ち着きをなくしていた。
 レオも沙耶と同じ方向を見て、顔が歪んでしまった。
「あいつら来ちゃったか。また俺と何を喋ってたとか根掘り葉掘りきかれるんだろ」
「まあね」
「それでなんて答えるんだ?」
「ただおしゃべりしてただけじゃダメかな」
「そうだけど、それで終わりそうもなさそうだ。それじゃ俺、あいつらに冷やかされるの嫌だから、先に行くよ」
「あっ、館山君待って」
「ん?」
「私、館山君のこと、ずっと前から好きだった。それで今日もっと好きになった」
「えっ?」
「それじゃ、また明日学校でね」
 沙耶は逃げるように友達のいるところへと走っていこうとした。
「あっ、牧野!」
 レオは慌てて沙耶の腕をとって引きとめた。
「あっ」
 振り返った沙耶の顔は真っ赤だった。
 勇気を振り絞って気持ちを伝えたに違いない。
 こうなったらレオも言いたくなった。
「俺もだから。ほんとはそれを言いたかった」
 先に告白されたことが、この時少し悔しく感じた。
 なんでもっと早く自分の気持ちをいえなかったのだろうか。
 こうなってしまうと、益々煮え切らない自分の馬鹿さ加減を呪った。
「うん。それじゃ今度ゆっくりまた聞かせて。楽しみにしてる」
 沙耶はレオが思っていたよりもハキハキしていた。
 掴んだ沙耶の手を離せば、沙耶は糸の切れた風船のごとく行ってしまった。
 途中でまた振り返り、笑顔で手を振ってから、再び走って友達と合流していた。
 また回りが騒がしそうにして、ちらちらレオをみるので、レオはさっさと退散した。
 何が起こったのか困惑したまま、自覚のないまま歩いては、気がついたらすでに駅のホームで立っていた。
 心の中は沙耶のことで埋め尽くされながら、一人でにやけていた。
 この時、レオの肩にタンポポの綿毛が引っかかっていた。
 だが、電車が入ってきたときに起こった風に再び吹き飛ばされていった。
 レオはタンポポの綿毛の手伝いをしたことなど知る由もなかった。
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