12
「お前さ、最近牧野と仲がいいよな。まさか付き合ってるのか?」
「うん、付き合ってるよ」
友達に訊かれて、レオは堂々と返事をしていた。
「うそ! いつの間に」
周りの友達は羨ましさと、悔しさでレオを羽交い絞めにしては頭をぐりぐりと攻撃していじめた。
朝の教室はいつものようにざわついて、多少暴れても誰も気にも留めなかった。
「お前ら、やめろよな」
「いい気になるなよ」
暫くは男の嫉妬に悩まされそうだった。
しかしそんなに悪い気がしない、寧ろ友達を出し抜いて先に彼女ができるのは、優越感でもあった。
「で、どっちから告白したんだ?」
「どっちでもいいじゃないか」
「俺達に話したくないってか? 益々腹が立ってきたぞ」
また頭をぐりぐりとされてしまったが、みんなの顔を見れば笑っていた。
本気で嫌がらせをしているというのではなかった。
こうやって冷やかして、話のネタとしてふざけているのだろう。
好きなようにさせておけば、そのうち飽きるのも分かっていた。
結局最後はレオも一緒になって笑った。
「ところでさ、小説書いてるっていってたけど、もしかしたら牧野との妄想小説なのか。早く読ませろよ」
「えっ、ああ、あれか。あれなら、最初はスラスラ書けたんだけど、その後どう続けていいのか分からなくなって、そのまま放ったらかしてる」
「早く仕上げろよ」
「なんか、できそうもないや」
一時の気まぐれ程度だったが、なぜあの話が浮かんだのかレオには不思議だった。
まるでその場面を見てきたかのように、あの時ははっきりと頭の中でイメージが湧いた。
衝撃的に敵国の女と出会ってしまい、銃を向けて殺そうと葛藤するシーン。
そこまでは書けたけど、その後が続かなかった。
上手く作ろうと色々考えたけど、どれもしっくり来ず、全てが作り出せないというより、記憶が飛んでしまってぬけたような気分だった。
だけど、あの後、情熱的に愛し合って、ロマンティックに必死な恋を書きたかったに違いない。
それは自分と沙耶を重ね合わせながら、甘く夢見心地もいれて。
しかし、もうそれは必要なかった。
レオと沙耶はすでに気持ちを通じ合わせて、現実で恋をしている。
ここまで来るのは片思い期間を入れて長かったけれど、後で沙耶も以前からレオの事が気になっていたと聞いた時は驚きと嬉しさが同時に現れた。
事あるごとに、レオの姿が目について、どことなく自分が見られている気がしたと言っていた。
それから気になって沙耶もレオを意識しだしたという訳だった。
お互い波長の合う、惹かれるものがあったに違いないとレオは付け加えた。
もちろん沙耶は笑顔でそれを肯定していた。
気持ちが通じ合った今、見えない糸が繋がっていたように、運命的なものを感じずにはいられなかった。
やがて、二人はお似合いだと陰で囁かれるようになり、クラスでも知らずと公認されていた。
以前、カップルが目の前でいちゃつきながら下校していた姿をレオは羨望の眼差しで見ていたが、今度は自分がその立場になっていた。
この日もレオと沙耶は肩を並べて、仲良く下校していた。
季節はそろそろ汗ばんでくる初夏になっていた。
気持ちが通じて付き合いだしたとは言え、まだまだ恥ずかしい部分も残っており、お互い恥じらってる姿が初々しい。
それでも二人して一緒に居られることが楽しくて仕方がなかった。
沙耶が話しかけると、レオは照れてはにかむ。
そんなレオの姿を見ると沙耶はキュンとしていた。
そんな時、足元に黄色い花が咲いてるのが沙耶の目に入った。
それはアスファルトの裂け目から突き破って生えているようにみえた。
「このタンポポすごいね。場所があったらところ構わず咲いてる」
「でも俺は嫌いじゃないな。寧ろ、綿毛になってるタンポポをみたら無性に息を吹きかけたくなるよ」
「それ、私もあるかも。だけど、タンポポってなんか親しみが湧く花だよね」
「英語だとダンデライオンとか言って、ライオン入ってるから、名前だけだったら花の百獣の王みたく強そう」
「あっ!」
「な、なんだよ突然」
「ねぇ、なんかドーナツ食べたくない?」
「おいおい、それまさかポンデライオン思い出したんじゃ?」
「うん。ねぇ、行こうよ」
「わかったよ」
レオは足元に咲いてるタンポポを一瞥し、そして勇気を出して沙耶に手を向けた。
沙耶がきょとんとしていると、レオはもどかしいとばかりに沙耶の手を握った。
「えっ?」
「ほら、ドーナツ食いにいくんだろ。早く行こうぜ」
「う、うん」
突然に手を握られて、沙耶はドキドキしていた。
二人はしっかり手を繋いでいるのに、どこかもじもじとしてはお互いまともに顔をみられなかった。
それでもその手だけは固く結ばれ、好きだという気持ちが溢れていた。
優しい風が吹いては、二人のピンクに染まった頬を冷やかすようになでていた。
タンポポもまた風に揺れている。
まるで手を振って二人を見送るかのように──。
そしてその数日後、タンポポは綿毛となって風を待ち、次の未来へ飛んで行こうとしていた。
The End