第二章


 落ち着いたところで、ユキは一通りの説明を仁から聞き、全てを理解するとキイトが仲間に加わったことをとても喜んでいた。
「あんたも大変だね。好きな男と体を共有するも、いつもすれ違ってばかりでいつまでも会う事ができないなんて。一体トイラってどんな顔してるんだ。写真とかないのか?」
「ううん、ないの。だけど、とってもかっこいいんだから」
 にこやかに答えるユキの笑顔に、キイトは釣られて笑ってしまった。
 その雰囲気を壊さないように、隣で仁も愛想笑い程度に合わせていたことに気がつくと、キイトの瞳はもの悲しげになる。
「さてと、そろそろ帰ろうかな。ちょっと、仁、あんた私を送ってってよ」
「ああ、わかった」
 仁はそうすることが当たり前のように立ち上がった。
 玄関でユキはふたりを見送る。
 帰り際にキイトはユキを見つめにこっと微笑んだ。
「それじゃ、どうもごちそうさま。あのチョコレートチップクッキー、ほんとにおいしかった」
「そんなに気に入ったんだったら、今度もっと沢山用意しておくね」
「ありがと、そんじゃまたね」
 キイトが出て行くと、仁もユキに手を振って別れを告げた。
 外はすっかり暗く、空には星が沢山見えていた。
 薄明るい電灯に時々照らされながら、畑に囲まれた暗い夜道を仁が自転車を押してキイトの後をついていく。
「キイトの家はどこなんだい。自転車で申し訳ないけど、後ろに乗って。送ってあげる」
「あんたさ、ものすごいお人よしだろ。特にすごく損をするタイプ」
「えっ? そうかな? そんな風に見える? それって僕が頼りないとでも遠まわしにいってるのかな」
 仁はヘラヘラした笑いで返していた。
 キイトは同情するやら情けないやらで仁を見つめ問いかけた。
「あのさ、あの時の話だけどさ」
「あの時の話?」
「トイラを助ける話のことだよ」
「トイラを助ける? それって……」
「そうだ、トイラを人間の姿にする話。あれ、できないこともないよ」
「ほんとかい? 本当にそんなことができるのかい?」
 仁は驚喜する。
「あのさ、だからあんたはお人よしだっていうんだよ。トイラが人間になったら、あんたはユキを完全に諦めないといけないんだよ。それでもいいのか」
 仁は少し考えてから言葉にした。
「それでいいって言えば、嘘になるかもしれない。でも、僕はユキが幸せになってくれたらいいんだ。この状態からユキを助けてやりたいんだ」
 仁の覚悟を聞いた上でキイトは真面目に話し出した。
「人の姿になれる詳しい方法は知らなかったみたいだけど、トイラは自分がユキの体から意識を切り離せる方法があるということは知ってると思うんだ。トイラに知恵を授けた奴がいる。そうじゃないとカジビのこと知る由がない。それができるのはカジビだから」
「えっ? カジビが意識を切り離すことができる?」
「そうだ。カジビは取り憑かれた霊やそのものの中に宿る要らない感情などを鏡の中に閉じ込める事ができるんだ。だけど尻尾が二つに分かれてたために、不吉 な存在とされ、陰で嫌われていた。カジビは力を役立てて見返してやろうと、自分の能力を極限まで鍛えてたんだ。ところがそれが却って驚異的となり、いつし か皆に恐れられるようになってしまった。山の者たちはカジビを避けるようになり、山から追い出そうとしたとき、カジビは誤って山の者の魂を鏡に閉じ込めて しまった。そこからカジビは狂ってしまい、そして全てを支配したいがために赤石を狙ってしまったんだ」
 どこかで聞いた話だと仁はジークを思い浮かべながら聞いていると、キイトは何かを思い出したように少し涙ぐんだ様子で、左右の目を指で軽く払っていた。
「結局その後どうなったの?」
 仁の質問のあと少し間が開く。キイトは抱いた感情を振り払っていた。
「……あるものは暗いところに閉じ込めたと言うし、またあるものはすでに殺されたのではともいう。そういうことがうわさされているだけで真相は詳しく分からないんだ。そしてカジビは姿を消した」
「なんか彼を探すの難しそうだね。それじゃ閉じ込める鏡という道具は残ってないの?」
 仁はまだ安易に考えていた。
「それがあったとしてもカジビにしか使えないものだ」
「一体どんなものなの?」
「鏡はカジビの手作りだ。掌くらいの丸い大きさのもので銅鏡に似ている。カジビだけが所有する特別な道具。使いきりというのか、一個につき一回しか使えない。そして使った後は壊して全てを抹消するんだ」
「そうなのか。だけど壊すものなら、トイラは自分を銅鏡の中に閉じ込めて死のうとしているのか」
「別に壊さなければそのまま閉じ込められた状態が続くだけだし、その前に閉じ込めたものを取り出して人の形にする事もできる。それがカジビの妖力だ」
 キイトはちらっと見て仁の様子を窺った。
「だったら、カジビを見つければ本当にトイラを助けられるかもしれないんだ。益々カジビを見つけなくっちゃ」
 仁が言った後、少し間を空けてからキイトは静かに答えた。
「本当にそう思うのか。仁はカジビを本当に見つけたいのか?」
「トイラが助かる方法があるなら、見つけるしかないじゃないか」
「愚かよのう、仁。ならばトイラを助ける方法を詳しく教えてやろう。トイラを人の姿にすることは可能だ。それは私が保証する。だが仁、本当にそれでいいのか良く考えるべきだ」
 キイトは仁にトイラを人の姿に変える方法を話してやった。
 仁は考え込むようにそれを聞いていた。

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