第三章


 セキ爺が一仕事終えたとばかりに、ゆっくりと歩いてきた。
「さてとこれからどうする? なんにせよ、カジビを探し出さないことには前に進まんわ」
「でもどうやってカジビを見つければいいのですか?」
 仁が聞いた。
「カジビは人間界に上手く紛れ込んでるのかもしれぬ。あいつは尻尾が二股という特例なこともあり、普通のものと違って多才に色々な力をもってるんじゃ。七変化も得意でのう。男にも、女にも何にでも姿を変えられる」
「それじゃこの街に隠れているんですか?」
「多分そうじゃろ」
「カジビは危険な人物なんですか?」
 今度はユキが質問した。
「赤石を狙っているとなるなら、わしらにも脅威となる対象じゃ……」
 セキ爺はキイトを横目に気まずそうに言葉を濁し、大きなため息を一つ吐いた。
「カジビは赤石なんて狙ってないと思う」
 キイトが小さく呟く。
「庇いたい気持ちはあるじゃろうが、ニシナ様も行方不明になっとるし、カジビが姿を見せないとなると皆そう思うじゃろ」
「もしかしたら、誰かがカジビのせいにしようとしているのかもしれない」
「キイト、なぜそんなにカジビを庇う? 何かカジビについて知っているのか。そうなら、包み隠さずわしに話してくれ」
 セキ爺が問い質すとキイトは首を横に振った。
「ごめん、勝手にそう思っただけ。まだはっきりと証拠がないから……」
 ユキも仁もキイトに心配の眼差しを向けていた。
 セキ爺は仕方がないとゆっくり被りをふって顔を歪ませていた。
「わしは山の者にカジビについて心当たりはないか聞いて回ってくる。キイトはこの二人に手伝ってもらって人間界を探してくれ。他に誰か助っ人がいるのなら、力を貸してくれそうな者たちに頼んでみるが」
「まだ真相を誰にも話してないんでしょ。だったら助っ人はいい。セキ爺も気をつけて訊かないと、誰かが不審に思ってさらなる誤解をうむかもしれない」
「分かっておる。もし理由を聞かれたら、トイラの名前を出させてもらう。昨年ここで暴れたから、皆存在を知っているし、トイラがカジビの噂を聞いて会ってみたいと無理に頼まれたことにさせてもらうわい。それでいいじゃろ」
 セキ爺は念のためユキと仁に許可を取った。
 二人は問題ないとコクリと頷いていた。
 セキ爺は皺がくっきりと浮き上がった笑顔を見せて、そして山の方へと歩いていった。
「セキ爺、怪我してるし、年も取ってるけど、大丈夫かな」
 小さくなるセキ爺の後姿を見つめながら仁が呟いた。
「セキ爺は年はとってるけど、足腰はしっかりしてる。多少のことなら大丈夫だと思う」
 キイトはあまり元気なく答えていた。
「キイトは大丈夫なの? なんだかやけに疲れてるみたいだけど」
 ユキも心配した。
「私よりも疲れているような表情のユキに言われてもな。あんたの方がよっぽど心配だよ」
 キイトの指摘にユキはどう答えていいかわからなかった。
 三人は対策を練ろうとまずユキの家へと一旦戻ることにした。
 カジビが潜伏しそうなところを探そうと、街の地図と郷土資料を引っ張り出しているとき、仁が時計を見て慌てふためいた。
「あっ、そうだ。良子さんの病院にいる犬猫の餌やらないと。それと預かってる犬の散歩もあった。ごめん、また連絡する」
 仁は急いで家に帰っていった。
「仁は色々と色んな奴に世話焼いて忙しいみたいだな」
 キイトがくすっと笑いながら言った。
「うん、仁は頼まれたら嫌って言えないし、いつも一生懸命でまじめなんだ」
 ユキも軽く微笑んで答える。
「そこに、お人よしって言葉が抜けてるぞ」
「そうだね」
「仁はいい奴だ。私の目からみてもそう思う。私はトイラよりは真面目な仁の方が好みだ。トイラはどうも性格悪そうだ」
「そんなことない。トイラは癖はあるかもしれないけど、とても心優しくて男らしい人なの」
 トイラと仁を比べるキイトにユキはむっとした。
「おいおい、そうムキにならなくても。でも、だったらなぜ人間になろうとしないんだ。どうも話を聞いてたら、ユキから自由になりたいだなんて、恋人があまり口にすべき言葉じゃないよな。それって恋人が言えば別れっていう意味だから」
 ユキは不安定に心が揺れ動き、瞬く間に泣きそうな顔になっていた。
「ちょっとそんな顔、するんじゃない。私がまるで虐めてるみたいじゃないか。そうじゃなくて、トイラがそんなことを言うのにはよほどの理由があるんじゃな いかってことさ。トイラが命を張ってユキを助けたことは変わらないだろ。だから今回も何か意図があって言ってるんじゃないかって思ってね。なあ、トイラ、 ちゃんと聞いてるんだろ」
 キイトはトイラに問いかけてみたが、トイラの意識は出てこなかった。
 きょとんとしているユキをみてキイトは苦笑いしていた。
「なんだかまだ拗ねてるみたいだな。もう少しあんた達話し合った方がいいんじゃないのか」
「でも、セキ爺に負担は掛けられないし、時間制限があるとどうしても焦って冷静になれない」
「何言ってんだい。他にも方法があるんだ。今度は私が手伝ってやる。但し、これはユキの中で起こることだ。少しユキに負担がかかってしまうんだ。多少の危険を冒すけど、それでも構わないというのなら手伝ってやる」
 キイトが挑戦を挑むような厳しい眼差しを向けてユキの覚悟を確かめた。
「どんな危険があっても受けて立つわ」
 例え死が招いたとしてもユキは恐れなかった。
「それなら話は早い。それじゃここに寝転びな」
 キイトは座っていたソファーから立ち上がり、ユキに場所を譲る。
 ユキは詳しい説明などいらぬという意気込みで言われた通りに寝転んだ。
 側にキイトが寄り、ユキの両手を取って胸で組み合わせると、何かの儀式が始まりそうだった。
「準備はいいかい。ユキはこれから眠りについてもらう。でも体は眠っていても、意識は目覚めているんだ。トイラと意識同士で会うんだ。そこでなら思う存分トイラと話せる。また意識の中では触れ合った感触も味わえるはずだ」
「わかったわ。だけど、何が一体危険なの?」
「それは、意識の中では全てを現実に感じてしまう。少しイメージすれば、そのまま目の前に何でも想像したものが現れてしまう。好きな場所にいけて、好きな ものを登場させる事ができる。夢を見ているときを考えて欲しい。その中では全てが現実のことのように思うだろ。起きて初めて夢だったと気がつく。もし意識 を通い合わせているときにそれを現実だと思い込んでしまったら、トイラの力に左右されることなくユキはこちら側に戻ってこれなくなるってこと。だから常に 意識同士で会ってることを忘れてはいけないんだ。その区別がユキにはできる?」
 キイトの目が尖ったように鋭くなった。
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