第三章


 春は竹の子や山菜が豊富に採れ、夏は滝つぼや川で魚を獲り、秋はキノコや木の実が沢山採れ、冬の食料が少ないときは山に祭られた祠に人間達が捧げるお供え物で食べることにはあまり困らないこの山は、ニシナ様が秩序を守ってるからだと言われている。
 自然が豊富で人間からも崇められ、平和を絵に描いた場所だといっていい。
 人の姿にもなれる、神の使いとしての動物達は山を守るために力を授けられ、そして山神のために働く。
 カジビとキイトも神の使いとしてこの山で生まれた。
 カジビはイタチ、キイトは狐だが、生まれた時期が近かったため、子供の頃はいつも一緒に遊び、二人は兄妹のように育った。
 だが、カジビは尻尾が二つに分かれており、異例を毛嫌うものには不吉とされたり、心無い者からいつもからかわれていた。
 キイトはその度にカジビを守ろうとするが、体が弱いせいもあり、しっかりと守りきれない自分に歯がゆい思いを抱く。
「カジビは頭がいいし、誰にも真似できない力を沢山持っている。その力は尻尾が二つあるからだと私は思う。だからカジビは選ばれし存在なんだよ」
「キイト、慰めはいらぬ。尻尾が二つに分かれていても気になどせぬ。俺はいつかもっと力をつけて皆を見返してやるつもりさ」
「それって赤石を手に入れて、山神さまになるってこと?」
「まさか、それは言い過ぎ。赤石は山神さまだけのものだ。そんなもの手にいれたところで何の役にも立ちやしない。俺は誰もが俺を頼ろうとしてくれるよう な、認められる存在を目指してるんだ。俺は鏡を使って邪悪なものや不安な感情を閉じ込めたりできる。もしかしたら修行によっては病も閉じ込められるかも しれない。そうすれば医者と同じだ。そうなったらキイトも健康にしてやれるし、皆から有難い存在にもなれる。例えこんな尻尾を持っててもな」
「すごい。そうだよね、カジビならきっとそうなれる」
 カジビは恥ずかしそうに笑いながらも、目は希望に満ちて輝いていた。
 キイトもカジビの目を誇らしげに見つめ、二人はこの先の未来が明るいものと信じて止まなかった。
 カジビが不屈の精神でいられたのもキイトが側で理解を示し応援してくれたからでもある。
 だが、それも限度があった。
 カジビは自分の力を試そうと人間界に忍び込み、人々から色々な感情を鏡に映し出しては閉じ込めると言うことをしていたときだった。
 それを見ていた他の者たちは、カジビが将来この山の者の意を操るために練習しているのではと、驚異的なものを感じてしまった。
 カジビの力は強力で使い方を間違えれば命取りになるからだった。そう思ってしまうのも、不吉の象徴とされるあの二又の尻尾がかなり影響している。
 そんな恐れを抱いていると、普段、尻尾のことをからかわれ、嫌われていてもヘラヘラと笑っているカジビの態度から、将来復讐を企んでいるように見えてしまい、却って人々の不安を掻き立てた。
 一人がそんなことを話し出すと、それは尾ひれをつけて一人歩きしてしまい、カジビが将来山神の座を狙っているのではないかと疑心暗鬼になるものまで現れた。
 人々はカジビを山から追い出したいと願うのだが、他のものよりも位の高い、山神の使いの巫女であるキイトが庇うために、なかなかできかねないでいた。
 キイトは山の者が誤解をしているだけだと説得し、カジビはこの山には欠かせない存在になると強く主張する。
 実際は噂だけが先走りして、実質被害があったという話はない。
 それもあり、山の者達はキイトを信用しようとしていた。
 そんな時、キイトの持病が悪化してしまい、病を治すために山を離れなくてはならなくなってしまった。
 キイトは不安を抱えながらも、カジビが大丈夫だからと念を押し、それを信じて山を離れた。
 キイトはここまではカジビと過ごした昔を懐かしむように語ったが、その後は人づてからしか聞いてないと淡々と語る。

「私がいなくなってしまったから、カジビは守ってくれるものがなくなり立場が弱くなってしまった。だからあんなことに」
 キイトが側にいない事がチャンスとばかりに、一部の心無い山の者はカジビを追い出そうと企んだ。
 カジビをけしかけ、鏡をわざと使わせることで人々に危険な存在と知らしめようとした。
 カジビを怒らせるきっかけとなったのが、キイトの悪口だった。
「こんな二又の嫌味嫌われる存在を庇うなんて、キイトも元々体が弱いだけに頭も弱くていかれてたんだよ。そうじゃなければこんな縁起の悪い奴なんかと一緒にいられるわけがねぇ」
「そうだな、キイトの頭がおかしかったんだな」
 カジビは自分のことだけを言われるのならどんなことでも我慢できた。だがキイトのことまで馬鹿にされると、怒りが爆発してしまい感情が抑えきれなくなった。
「キイトの悪口をいうな」
 血が逆流するような激しい憎しみを抱き、カジビは目の前の山の者の魂を鏡に吸収してしまい、そのものは地面にたおれてしまった。
 周りに居た他の者はカジビの力の強さに驚き、慌てふためいて逃げていく。
 カジビは鏡を掌の中に収めながら、暫く突っ立っていたが、落ち着きを取り戻したとき、目の前に倒れた者がぱっと視界に入り怖くなってしまった。
 慌てて魂を元に戻し、その者の蘇生を試みた。
 倒れていた者は息を吹き返すと、ほっとしたものの、それは取り返しのつかない状況を生み出し、カジビはそれから山の者達から正真正銘の邪悪の対象となってしまった。
「こうなっては、カジビは殺されても仕方がないと思い、突然箍(タガ)がはずれたようにカジビは狂い、赤石に手を出すことを決意してしまったのさ。だが、それは失敗に終わり、その後カジビがどうなったのかは誰も知る由がないって訳」
 キイトが最後に大きくため息をついたことで、これでこの話が終わりということを示した。
「ふーんなるほどな。よくある状況だといえばそうだが、どこか違和感ある話だな」
 トイラが腕を組んでソファーの背もたれにもたれた。
「何が違和感なんだ」
「キイトはさっき、カジビは赤石を守ろうとしてるっていっただろ。でも今聞いた話からはそんなこと感じられないからさ。キイトがそう思う根拠がわからねぇんだ」
「それは……私が人伝に聞いた話を信じてないからだ。その話が私の耳に入ったとき、すでに色々と脚色されていたと思ったんだ。カジビは感情を抑えられず に、誤って間違いを起こしてしまったかもしれないが、その後狂って赤石を手に入れようとするなんて、私には考えられない。その後カジビが姿を消して結末が うやむやになってるのも信憑性が薄れる。これは何かの間違いだと信じてるのさ」
「その後のことだが、キイトはカジビの事件を知って、一度も山に戻らなかったのか?」
 トイラは疑問の目を向けた。
「ああ、静養中だったし、病状が悪くて動けなかった」
「今はすっかり元気になったんだな」
「お蔭さんでな。人間界で言う、医学の進歩ってところか」
 キイトは元気をアピールしようと、腕を曲げて力瘤を作る真似をした。
 トイラはまだすっきりしない顔をしている。
 だが、キイトはもう話すことはないと言いたげに立ち上がった。
「今度こそ帰るとしよう。ユキにクッキーうまかったと伝えておいてくれ、といっても今のお前じゃ無理そうだな」
「なあ、キイト、どうして俺はカジビ探しの手伝いを頼まれたんだと思う?」
「まだそんなことを言ってるのか。それはまさに猫の手も駆りたくて、黒猫のトイラなら協力してくれると思ったんじゃないのか?」
「だったら、それは誰なんだ? もしかしてニシナ様なのか?」
 キイトは眉根をしかめて考え込んだ。
「可能性はないこともないな。だがニシナ様がカジビを探したいのなら、この失踪騒ぎの辻褄が合わないではないか。セキ爺はカジビがニシナ様をさらったと思っている」
「ニシナ様がカジビを探せと言ったことで自分の居場所がわかると言いたいのだろうか」
 トイラも不思議がった。
「それなら、何もそんな回りくどいことをせずに、どこにいるかくらいすぐ伝えられるだろう」
「俺も言いたいところはそこなんだ。だからこれには何か裏があると思えてならない。なぜこの俺がこの山の問題に組み込まれるのか、何か必ず意図がある」
「それがあるから、ユキの体から出してもらって人間になる事に抵抗があるのか?」
「まあ、それもあるけど、理由はそれだけじゃない。俺が人間になるなんてそう容易いことじゃないぜ。俺は自分のことだけを一番に考えられないだけだ」
 キイトはトイラが何を言いたいのか気がついたが、それに触れずに玄関へと歩き出した。
「それじゃまたな。ユキには手紙を残すなり、ちゃんと説明しておくんだな」
「ちぇっ、面倒くさいな」
「それと、仲直りも忘れるな」
 キイトはさっさと去っていく。
 返事をする代わりにトイラは思いっきりため息を吐いていた。
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