第四章


「新田さん、是非うちの孫娘を宜しくお願いします。跡取りなもんで嫁にはやれませんが、新田さんさえ良ければ、うちに来てもらえると嬉しいです」
 唐突に言われた瞳の祖母の言葉は、予想外なだけに仁の頭にはすっと入ってこなかった。
「お祖母ちゃん、ちょっとやめてよ」
 瞳があたふたして注意している。
 二人がいい合いをしているのを尻目に、仁は遅れてその意味を理解して急に慌てふためいた。
「あ、あの、僕、その」
 しかし、どう言葉にしていいのかわからない。
 招かれたからと言って、急に異性が訪ねてきたら家族としては親密な関係と思っても仕方がない。
 楓太に言われたから瞳についてきたなんて説明しても信じてもらえないだろうし、自分はここで何をやろうとしていたのかと思えば後ろめたい。
 仁は上手く否定できずに戸惑っていると、瞳の祖母は真剣な眼差しを向けてまた話し出した。
「新田さん、うちは土地もお金もありますし、ここらでも由緒ある家系なんです。この辺りを祀られてる山神様にも選ばれた一族と申しますか、その世話を代々 受け継いでやってるんです。そのご加護でいつも安定した生活送っております。うちに孫息子がいればその後を継いでもらうんですけど、孫はこの瞳だけで、こ のままだと婿を貰わねばならないんです。新田さんが来て下さったらそれはそれは大歓迎なんです。少し考えてみてくれませんか」
 ストレートに婿を要請している。
 あまりにも圧倒されて仁は驚いきすぎて声を失う。
 はっきりとここで拒否をすればいいだけなのに、この雰囲気に飲まれて強く言えない。
 瞳に助けを請いたいのに、瞳も爆弾を投じられたように自分の祖母の行動に面食らって仁に声が掛けられず困惑している。
 いや、本当は瞳も仁の出方が気になっていたのかもしれない。
 瞳のような大胆娘ならこの状況を利用して、多少の成り行きを楽しんで見ていてもおかしくはないだろう。
 暫く沈黙が続くが、瞳の祖母は真剣な眼差しで仁を見ていた。
 仁は引けを取った弱腰で後ずさりしながら、なんとか声を絞り出した。
「申し訳ございませんが、ぼ、僕はまだ高校生で……そんな大それたことを言われましても返答に、こ……困ります!」
 最後だけは勢いで片付けた。
 お陰で全力を出し切ったようにはあはあと肩で息をしていた。
「そうだよ、お祖母ちゃん。初めて会った相手にそれはないよ」
 瞳もその場を取り持ってはいるが、顔を見れば照れた様子であまり祖母を諌めてない。
 そこへ、蕎麦を入れた大皿を持って瞳の祖父が入って来た。
 引きつっている仁の顔つきを見て、異様な空気が流れているのをすぐに察知した祖父は、その場を良くしようと物腰柔らかく様子を窺う。
「どうか、なさったでございますか? 新田さん」
「あ、いえ、その、あの」
 仁は瞳の祖母をチラリと見て、困っている様子を伝えようとする。
「それがね、お爺さん、今、瞳の婿にってちょっとお話してしまって」
 残念な表情をする祖母。
「お前、そんなこと言ったのか。そんな急なこと、新田さんも困るだろうに」
 瞳の祖父はなんとか常識がありそうだった。
「それにしても、先走ってしまってすみませんでした。家内はつい思ったことをすぐ口に出してしまいますから。本当に申し訳ございません。それだけ新田さんのこと気に入ったとわかってやって下さい」
「あっ、いえいえ、その、分かっていただければ……」
 仁は一先ずほっとした。
「さあさあ、蕎麦ができあがりました。打ちたてですので、早く食べて下さい」
 瞳の祖父は陽気に声を弾ませる。
 これを食べたら帰れる。仁も早くすませたいと座布団の上に座った。
 その隣に瞳も座り、恥じらいながら仁を見つめ、その後初々しく新妻気取りながらおろし金でワサビを擦り出した。擦ったワサビを仁の器に入れ微笑む。
「先輩、さあ食べて下さい。おじいちゃんの蕎麦は本当に美味しいんです」
 瞳とその祖父母達に見つめられ、仁は早く終わらせるつもりで箸を握って蕎麦を挟んだ。
 タレが入った器に入れ、ずずっと蕎麦をすする。
 周りは一瞬静かになって息を飲むように観察している。仁もまた咀嚼すると動きが止まった。
「ほんとだ、すごく美味しい」
 素直な感想だった。
 周りの三人もほっとすると同時に、またやかましく会話が飛び交う。
「さあ、これも食べて下さいな」
「こっちもどうぞ」
 瞳の祖父母が次々に仁の前に差し出した。
 仁は言われるままにそれらを食べていった。
 お腹が一杯になった頃、仁は礼儀として美味しかったと蕎麦の味を絶賛した。
 瞳の祖父は目を細めて喜びながら、蕎麦の作り方のポイントを仁に教える。
「新田さんもわしが教えればこんな風に作れますよ。是非一緒に作りましょう」
 すっかり蕎麦に興味を持ったと思われたみたいで、作り方を伝授させられそうになっていく。
「いえ、僕はそこまでは……」
「うちの家系では主が蕎麦を作れてやっと一人前と認められるんです。新田さんなら絶対上手く作られますって」
 祖父の言葉が耳に違和感をもたらし、仁は「ん?」となっていた。
「しかし、瞳もいい彼氏ができたのぉ。爺ちゃん嬉しい。なあ、婆さんや」
「さっきは先走ってしまいましたけど、まだ高校生同士ですから、それからですわね」
 ふたりの会話に仁は思いっきり青ざめた。やっぱり勘違いしている。
「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、ちょっとやめてよ」
 瞳が軽くあしらいながら喜んでいる。
 このままでは本当に彼氏にされてしまいそうで、仁は危機感を覚え立ち上がった。
「あの、ちょっと待って下さい。何か誤解が……」
 その時、急に立ちくらみがして、意識が遠のき仁はその場で倒れこんでしまった。
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