第四章


 仁が奮闘している同じ頃、ユキは落ち込んでいて、朝目覚めてからため息ばかりついていた。
 トイラとの感動の再会をしたというのに、お互いの意見が合わずに最悪の状態に陥ってしまったからだ。
 どうにかしたいと、ユキはダイニングテーブルの上に置いたノートパソコンとにらめっこしている。
 トイラからの言葉を待っていた。
 キイトが意識同士を合わせてくれると言ったところまで覚えているが、気がついたときはただソファに座って周りには誰も居なかった。
 これはトイラが阻止して、キイトを追い出したとユキは勝手に想像した。
 その経緯の説明をして貰おうと、前夜も遅くまで同じように待機していたが、パソコンの画面は一向に変わらなかった。
 トイラからの連絡を待っているというのに、トイラは中々出てきて声を掛けてくれない。
「トイラ、お願い。出てきて。まだ怒ってるの? とにかく話をしないことには何も始まらない。私はトイラを助けたいの。早くカジビを見つけてトイラを人の姿にして貰いたいの。トイラが協力してくれないと何もできない」
 ずっと同じことを言っているが、時間だけが経ち、それでもパソコンの画面からはトイラの声は聞こえてこなかった。
 時計を見ればすっかり昼をさしている。
 ユキはまたハンガーストライキで前夜から何も口にしていなかった。
 だが、お腹だけがグーと情けなく音がなった。
 そして、はっとしたとき、やっと目の前の画面にメッセージが届いていた。

 ──ユキ、何か食べろ。話はそれからだ。

 トイラからの声。
 ユキは涙ぐみながら席を立ち、手っ取り早く食べられるものを思案して、そしてシリアルの箱を掴んだ。
 器に入れてミルクで浸した後は、すばやくそれを喉の奥にかき込んで、またすぐにパソコンの前に座った。

 ──まあ、とりあえずはそれでいいだろう。だが後でしっかりと飯食え。わかったな。

「はい」
 トイラとのやり取りは実際には時差があったが、ユキが気を失っている間のことは感覚にないのでユキにはちゃんとした会話として成り立っていた。

「お願いだから今回は私の思うようにさせて欲しい。必ずトイラを助けるから」

 ──ユキの思うようには、俺を助けることには繋がらない。それはユキの我ままさ。

「我まま? どうしてそうなるの? 私はずっとトイラと一緒にいたいだけ。それを願っちゃだめなの?」

 ──ほら、また同じことの繰り返しになる。いいから俺の話を聞け。俺は二度と失敗を繰り返したくないんだ。ユキが一度命を落としたとき、あれはジークの 甘い言葉が発端だった。ユキが俺たちと同じようになれるなんてコロっと騙されて、そのせいで大変なことになってしまった。今回もそれに似ているとは思わな いか? 人の弱みに付け込んでくるところを見ると絶対何か裏があるに違いない。メッセージを発した相手が誰だかもわからないんだ。これは絶対に怪しい。

「でも、キイトも言ってたじゃない。カジビはトイラを人間にする手伝いができるって。メッセージを送ってきたのは誰だかわからないけど、とにかくカジビを探せばその真偽がわかるんじゃないの? 昨晩キイトと話をしたんでしょ? その時キイトはなんていってたの?」
 この質問の後、トイラはキイトから聞いた話を要約して簡単にユキに説明した。
「そっか、カジビは赤石を狙ってそれで行方不明になってるのか。でもなんかその話引っかかるな。キイトはカジビを信じきってるけど、他の人たちはカジビが悪者だって思ってるし。カジビって一体どういう人物なんだろう。なぜ、姿を見せないんだろう」

 ──俺もずっとそれを考えていた。カジビが姿を隠したのは必ず理由があるはずだ。そしてキイトはそれを知っているけど、だんまりを決め込んでいる。俺に話した話もどこか不自然な匂いがするんだ。

「例えば、何がおかしいの?」

 ──キイトはカジビを信用している。裏を返せば、キイトはカジビのサイドだ。カジビの計画通りに動いているとも考えられる。

「それって、キイトも赤石を狙ってるってこと?」

 ──そうとも考えられるし、いや、他にまだ理由があるのかもしれない。俺たちが知らない理由。赤石が持つ力に秘密が隠されてるのかもしれない。

「例え、みんな赤石を狙っていたとしても私にはどうでもいい。とにかくカジビを探して、トイラを……」

 ──ほら、またそこに戻る。

「……あっ、ちょっといい終わらない前に出てこないでよ」

 ──だから、俺のことはいいんだ。一番大事なことは、俺が君から一刻も早く出て行かなければならないってことだ。俺はユキの体を支配して一生ユキの姿で生きていくのは嫌だぜ。

「だから、カジビを探して、トイラを人の姿に……」

 ──ユキ、よく考えろ。それは絶対上手くいかない。

「……あっ、またいい終わらないうちに。何よ、どうして上手く行かないのよ。カジビに訊いてみなければわからないじゃない」

 ──落ち着いて考えるんだ。ユキなら分かるはずだ。俺が何を恐れているか。俺の愛してるユキなら絶対分かるはずだ。

 ユキはトイラの言葉に声が詰まった。
 トイラが恐れている理由。
 今のユキには理解できない。
 しかし、トイラは愛情を持ってユキに必死に語りかけている。 
 落ち着くしかなかった。

「お互いの意見は最後で合わないけど、途中までは一致するわ。とにかくカジビを見つけないといけないということ。この話の続きはカジビを見つけてから話し合わない?」

 ──そうだな。カジビを見つけるところまではお互い同意だ。続きはその後だ。そうと決まったら、さっさと飯を食え。腹が減ってたら何もできないぞ。

「うん、そうだね。しっかりと食べる。トイラの分まで」

 ユキは立ち上がり、冷蔵庫を開けて覗き込む。
 トイラにしっかりと見せ付けるように材料を力強く取り出した。
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