第四章


「どうしたの仁?」
 ユキが立ち上がり心配そうに仁を覗き込んだ。
「いや、なんでもない」
 仁は否定するも、何かがおかしいと石を見つめていた。
 この日何度も頭が痛くなり、倒れこんだ原因にこの石が係わっているのではないかと疑わずにはいられない。
 この石を手にしてから頭痛が頻繁に起こったと考えられるからだった。
「それにしても、珍しい石だね。乳白色で陶器のような滑らかさ。そしてハート型なんてかわいい。ちょっと見せて」
 仁はユキにその石を手渡すのを戸惑ってしまう。
 ユキがさっき倒れこんだのも、この石を自分が持っていたために起こったことだとしたら──。
 だが対策を立てる暇もなく、ユキはいとも簡単に仁からその石を奪ってしまった。
「あっ、ユキ!」
 仁が慌てると同時に、ユキは突然電流に触れたようにビリビリとして、体を硬直させ、目を異常に見開いて前を見つめる。
 その様子は充分に仁を怖がらせた。
「ユキ! その石から手を離すんだ」
 仁は石を持っていたユキの手を叩いて振り落とした。石は床に軽やかな音を立てて転がった。
 ユキは暫く放心状態だったが、目をぱちくりして辺りを見回した。
「ユキ、大丈夫か」
「……今、映像が見えた」
 ユキのその言葉で、仁はやはりこの石には何かあると確信した。
「僕も、この石を手にすると頭が痛くなるんだ」
 ふたりはじっと床に転がっている石を見つめた。
「この石、一体なんなの? 瞳ちゃんから貰ったって言ったわよね。瞳ちゃんはこの石のこと何か言ってなかった?」
「瞳ちゃんはこの石を持ってると願いが叶うといっていた。大切な宝物みたいだったけど、僕に受験のお守りとしてくれたんだ」
「でもこの石をどうやって手に入れたんだろう」
 ユキはその石を妖しく見ていた。
「川辺か山で拾ったとか言ってた。それよりも、さっき映像が見えたって言ったよね。どんな感じの映像だった?」
「それが、ふたり出てきたんだけど、ひとりはキイトだったと思う。もうひとりは知らない男の人だった」
「もしかして、その男はカジビじゃないのか? 二人は何をしてたんだ」
「この石を激しく奪い合っていた……」
 ユキは自分の見たものが信じられないという目を仁に向けた。
「何かの勘違いなんじゃないのか。ふざけあっていて、遊びの一種とかさ」
「ううん、あれは戦いだったと思う。キイトが血を流して倒れこんでいた」
 その言葉で仁も息を飲み込んだ。
「だったらさ、キイトに直接訊けばいいじゃないか」
「えっ、でも、なんだかできない」
「なぜ?」
「だってその石を最初に盗んでいたのはキイトだったから」
 ユキはできるだけ詳しく自分が見た映像について仁に伝えようとした。

「最初に石は暗闇の中で治まっていて、小さな扉が開いて辺りが急に明るくなると、キイトの顔が覗きこんだ。
 そこは何かを祀ってあるような場所にも見え、キイトは慎重に一度辺りを窺って、周りに誰も居ないことを確認してから手を伸ばしてきた。
 石はキイトの手に握られる。
 突然後ろから男が現れてキイトの肩に手を掛けて捕まえた。
 キイトは逃げようとして男ともみ合うが、その時、突然鋭い刃のようなものがキイトの胸を引っ掻くとキイトは倒れこんだ。
 その弾みで石も手から離れ、地面にバウンドして転がっていった。
 男は石を拾い、倒れて血を流しているキイトの様子も気にせず元来た道を戻っていったという映像だった」

 ユキはなんだか信じられない表情で、恐れるように語っていた。

「もしかして、これが赤石?」
 仁が言ったが、ユキはそうとは思えなかった。
「それにしても色が白い。赤石はルビーだって言ってなかった? それにキイトがどうして赤石を盗もうとするの? 守ろうとしている立場でしょ」
「そうだけど。まさか、赤石を狙ってるのはキイトであり、キイトが嘘をついている?」
 仁はこんがらがる。
「じゃあ、やっぱり私が見たあの男はカジビだったの? カジビはこの石を守ろうとしていたの? だったらなぜ姿を隠す必要があるの?」
「いや、こうとも考えられる。キイトもカジビもどちらも赤石を狙って争っていた。そしてキイトは嘘をついて赤石を手に入れるチャンスを狙っている……」
「でも、キイトは悪い人じゃないと思う」
 ユキははっきりと言い切った。
「わからないぞ、ジークだって最初はいい奴に思えただろ」
「そ、それはそうだけど、でもこの石はどう見てもルビーじゃないけど」
「そうだよな。これは赤石じゃない。じゃあ、一体どうなってるんだ?」
 仁は腕を組んで首を傾げた。
「もしかしたら、白石とかいって、太陽の玉と月の玉のように対になってるとか」
「ありえるかもしれない。じゃあ、だったらやっぱりこれを盗もうとしていたキイトには詳しい事訊けないな。この石のことが分かるまで黙っていた方がいい」
 二人は訳が分からなくなって石を見つめるしかその時はできなかった。
「このままじゃ埒があかないな。どうすればいいんだろう」
 仁は齟齬をきたしたように眉根を寄せた。
「もし、私が見た男がカジビだったとしたら、かなりのヒントを得たのかも。もしかしたらまだ続きがあるのかも」
 ユキは恐れながらも石を手に取った。
 だが、先ほど感じたようにはならず、映像も見えなかった。
 まるで石の方が力が尽きたとも言いたげに、その白い石はそれ以上のアクションを起こさなかった。
 ユキは首を横に振って、がっかりした表情を見せた。
「一体どんな男だったんだ? 特徴を覚えてないか」
「はっきりとは思い出せない。曖昧に映像が残ってるって感じ。でも本人を目にしたら見分けられるかも」
「とにかく僕にも分かるように絵に描いてみて」
 ユキは電話の隣に添えていたメモ用紙を一枚ちぎって持ってくると、ペンで描き出した。
 だが仁の顔が引き攣ってくる。
「おい、ユキ、それじゃ幼稚園の子供が描く絵じゃないか」
「だって仕方ないでしょ。絵心なんてないんだもん」
 それでもユキはイメージを絵にしようと頑張ってみる。最後、首筋に一本の線を付け足した。
「その線はなんだい?」
「なんだかここに傷があったような気がする」
 その傷ですら、傷に見えないただの直線だった。
 ユキもさすがに自分の絵の酷さに呆れて苦笑いになっていた。
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