第五章


 カネタとやり過ごし、トイラは先を急ぐ。
 自転車と人が融合した影が前方の暗闇からぼんやりと現れると、トイラは叫んでいた。
「仁!」
「ユキ、心配したぞ。今までどこにいたんだよ」
「すまねぇ。ちょっと色々とあった。そっちは上手く行ったのか?」
「えっ? 今、トイラなのか?」
 仁はこんがらがる。
「とにかく家に戻ろう。話はそれからだ」
 トイラが自転車を漕ぎ、先を行く。
「ちょっと、待って、ユキ、いや、トイラ!」
 仁は慌てて後を追いかけた。
 ふたりがユキの家に戻ったとき時計はすでに10時をまわっていた。
「なんだか遅くなっちまったけど、仁、家に帰らなくて大丈夫か? これから話をしたらもっと遅くなる。今日は泊まっていったらどうだ?」
 ユキの口から出た言葉だったので、いくら中身がトイラでも仁はドキッとしてしまった。
「えっ、泊まっていいの?」
「お前さ、なんか勘違いしてないか。これは俺が言ってる言葉であって、ユキじゃないんだぞ」
「そ、そんなの分かってるよ! ちょっと電話借りるよ」
 仁は家に電話して友達のところで泊まっていくと母親に伝えた。仁の母親は受話器の向こうで何か言いたげだったが、仁は強行突破でユキのことには触れずに電話を切った。
「その分じゃ、仁の母親はユキと何かあるんじゃないかって疑ってるみたいだね」
 ユキの顔でニヤニヤとからかわれると、仁はイライラしてきた。
「いい加減にしろ。中身がトイラなんだから間違い起こすわけないだろ」
「当ったり前だ。だが中身がユキ本人であっても間違い起こすなよ」
 仁は言われなくても分かってると言いたげに、抗議する不満な目つきを向けた。
「まずは仁から話して貰おうか。八十鳩家で何か情報掴んだのか?」
 トイラは居間の安楽椅子に腰をかけた。
 仁もソファーに座るが、話すほどのいい情報がないのでいい難かった。
 できるだけ正確に何が起こったか話す努力はしたが、思い出せば恥ずかしくなってくる。
 馬鹿にされるんじゃないかと思いながら話していたが、意外にもトイラは茶々も入れずに大人しく聞いていたのでほっとした。
「なんだか花梨だけがその家族から浮いてるような印象がする……」
 トイラは考え込んだ。
「そうなんだ。最初は一番まともな存在かと思ったんだけど、唐突に話題を変えたり、無感情な表情、そして早く帰らそうとする態度にどうも僕をあの中から追い出したいような感じがしたんだ。でも婿を探しに巻き込まれないように気を遣ってくれてると言えばそれまでになるけど」
「いや、充分怪しいと思う。花梨はあの祠の扉に手をかけようとしていた。楓太が邪魔をしなかったら、扉を開けてたんだ。俺はその中を調べたけど、あそこには赤石が入っていたよ」
 トイラの言葉に仁は驚いて身を乗り出した。
「えっ、赤石が入ってたって、本当か!?」
「ああ、だが、あれがキイトたちがいう本物かどうかまではわからない」
「そうだよな。もしかしたらレプリカって事もある。ニシナ様を祀る祠と同じようにコピーした可能性も考えられる」
 さっきまでの興奮が引いて、仁はソファーの背もたれに後ろから倒れこんだ
「だが、不思議なことに、あの後、セキ爺が現れたんだ。俺は咄嗟に身を隠したよ」
「えっ、セキ爺が?」
 また仁は興味を注がれた。
「ただじっと八十鳩家を門の外から見ていただけで、すぐに山に戻っていった」
「一体どういうことだろう? 自分達に仕える人間達を監視しているのかな? 一応八十鳩家は山神と関係ある場所ではあるけどさ。それでトイラはセキ爺の後をつけていったって訳か」
「ああ。途中で見失って諦めたけど、その後、仁の知り合いのカネタに会った。仁が探しているって声を掛けてくれた」
「カネタさんにも会ったの? 中々いい人だっただろ」
 仁はいい終わると大きな欠伸をしてしまった。
「いや、俺はそんな印象を持たなかった。あの男、やたら山神のことで首を突っ込むなって忠告してきて、赤石を見つけたって言ったら態度が急変した。あいつも何か知ってるかもしれない」
「カネタさんは何も知らないって僕には言ってたけど。トイラがユキの格好でぶっきらぼうに話したから失礼だと思ったんじゃないのかな。ユキの印象が悪くなることするなよ」
 トイラは仁の言葉に耳を傾けずに黙って腕を組んで暫く考え込んだ。
 その姿はユキでもあるが、仁は見つめているうちにどんどん眠たくなって、欠伸が何度と繰り返された。
「花梨、セキ爺、カネタの言動がどうも腑に落ちない。まだ情報が足りなさ過ぎる」
「トイラ、そう無理するな。僕、睡眠不足でなんだか疲れて眠くなってきたよ。ユキに説明するのは朝になってからでいいかい? 今日はこれで寝かして欲しい」
「ああ、二階に部屋があるから、好きなところで寝ろ」
「もうこのソファでいいよ。歩くのもかったるい」
 仁は大きな欠伸をしながらごろんとソファーに寝ころがった。よほど疲れていたのか、あっと言う間に軽くイビキを掻いて寝ていた。
「ちぇっ、いくら中身が俺でも、好きな女と二人きりになってもこの調子かよ。仁らしいというのか、ただのバカなだけなのか。お前はやっぱりすごい奴だ」
 トイラはエアコンで寒くならないように、タオルケットを持ち出して、仁の足元にかけてやった。
 そしてその後、パソコンを手にして、ユキに説明する要点をタイプし出した。
 それはトイラ自身にとっても再確認する意味で役立っていた。
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