第六章


 カネタの話が出たところで、仁も先日に出会った話をする。
 鍬で威嚇された事を話せば、花梨は笑って「カネタさんらしい」という言葉が口をついた。
「あの人、ときどき過激なことするのよね。直接被害にあったわけじゃないから、そういう気質なんだと思ってるけど、仕事は真面目にしてくれるので八十鳩家 は助かってるの。でも、いつも何かを警戒しているというのか、周りのことには敏感に反応して四六時中目を光らしている感じがするわ」
「僕もあの時はほんとに恐ろしい気分を味わいましたけど、その後では色々と世話を焼いてくれました」
「新田さんなら、素直で従順な方だから誰とでも上手くやっていけるんですよ。でも相手が敵意を持っていると、カネタさんはとても取っ付きにくくなるわ。最悪、凶暴になるんじゃないかって思えるほどよ」
「どういうことですか?」
 花梨の話が仁には引っかかった。
 トイラがカネタに出会ったとき、あまりいい印象を抱かなかったと言ってたのを思い出す。
「うちの家族はそんなことないんだけど、楓太が酷く警戒して、カネタさんを見る度に歯をむき出しにして吼えるんです。一度噛んだこともあって、あの時は私 もびっくりして、なぜって思ったくらいでした。それからカネタさんは露骨に楓太を嫌ってね、いつも怖い形相で睨むんですよ。それから相性の悪いこと。噛ん だ楓太が一番悪いので、カネタさんが楓太を嫌うのは仕方のないことなんですけどね」
「楓太が噛んだ? 信じられない。楓太は賢くてとても人間になれた犬ですよ。うちの叔母も診察する度、楓太のこといつもいい犬だって感心してるくらいですから」
 そして人間の言葉を話せることも言いたかったが、そこは我慢した。このふたりはどうやらそれを知らなさそうだった。
 楓太が話せるとセキ爺も花梨も知っていたら、楓太がなぜ噛んだかの理由を直接楓太と話し合っているはずである。
 そして何もかもこの山の事情を知っている自分に今更隠す必要もなく、楓太の話題がでたときに、言葉を話すことも必ず出てくるはずだと仁は思った。
「私もその時は驚いたんですけど、もしかしたらカネタさんの匂いが原因なのかも。あの方、薬草のような独特な匂いがするんです。畑仕事して下さってるので 汗に混じった土の匂いかもしれません。楓太は犬なので匂いに敏感だからそれに反応するのかしらって思った事がありました」
 花梨はさらりと自分の意見を言った。
「ああ、わしもそれは思った。臭いって程ではなかったが、偶然すれ違ったとき、その匂いで一瞬くらっときて感覚が鈍るような感じだった」
 セキ爺も同意した。
「えっ、僕は全く気がつかなかった」
 ユキはその話を興味深く聞いていた。
 トイラの意識が外に出てたときに自分の体はカネタと会っていても、ユキはカネタのことは全くどんな人物か知らなかった。
「私、そろそろ戻らないと、爺婆たちにまたごちゃごちゃ言われそう」
 花梨が時計を見て我に返った。
「お前、八十鳩家で苦労しているのか?」
 セキ爺は心配そうに花梨を見ていた。
「ううん、そんなことないわ。これでも可愛がってもらってるわよ。長男が産めなくてもそういうことで一度も彼らに責められたことはないの。山神様のことで必死になっている人たちだから、それに関係することだけ煩く言われちゃう。私の方がよく知ってるっていうのにね」
「でも跡継ぎの男児を授かりたいと思ったのはしつこく言われたからじゃないのか?」
 父親としてセキ爺は娘が心配でたまらない。
「ううん、それは全く違うの。私はかつて力を与えられた山神様をお守りする存在だったのに、結婚してから役割を果たせないことでプライドが許せなかった の。私こそが人間界で山神様をお世話する跡継ぎを生むのに相応しい存在なのにって思って、自分で追い込んじゃった。なんのためにお父さんの反対を押し切っ て結婚したのかって思うと、ついムキになってしまって。お父さん、いつも心配掛けて本当にごめんなさい」
 花梨はここで極まって泣いてしまった。
「花梨、わしが悪かったんじゃ。苦しい思いをさせてすまなかった」
 親子の絆を目の前でみてユキも貰い泣きしている。
 仁も感動を覚えながら二人を見ていると、なにやら下腹部の横が熱をもったように感じた。
 手を当てるとちょうどパンツのポケットのあたりだった。
 そういえば石を入れていたと、仁は手を突っ込んで中に入っていた石を取り出した。
 乳白色の色だった石が、奥の部分から赤い色を発していた。
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