第六章


 ユキの家でお茶をご馳走になった後、花梨の車でセキ爺は山の麓まで送られた。
 セキ爺が車から降り、山の中へ去っていこうとするのを引きとめるように慌てて車の窓を開け、花梨は声を出した。
「お父さん! カジビのことで詳しい事が分かったらすぐに連絡してね。それと、そろそろお祭りがあるでしょ。キイトにこの夏、山神様にお供えするもので希望があればついでに訊いておいてくれない」
「そうじゃのう。いつものようでいいと言いたいところだが、こっちは赤石のことで負い目がある分、気を遣ってしまうのう」
「新田さんとユキさんにも何かお礼をしなくっちゃね。お父さんも何がいいか考えておいてよ」
「ああ、わかった」
「それじゃ、また来るね」
 花梨は再び車を走らせて、元来た道を戻っていく。
 セキ爺は暫くその車が去っていくのを見ていた。
 そして気を取り直して口笛を一吹きしては、鳥達を集め指示を出していた。
 その一部始終をカネタは木々の陰に隠れて見ていた。
 セキ爺の姿も山の奥に消えていった頃、カネタは隠れていたせいで強張っていた身の力を放ち、何度も周りを確認してから山を後にした。
 手には山で摘んだ葉や木の実のようなものを握り、それを揉み潰す。
 少しだけ口にして顔を歪ませ、あとは体に刷り込んでいった。
「いつまでこんなことして正体を誤魔化さないといけないんだ」
 不満一杯に口元が歪んでは「ちぇっ」と舌打ちしていた。
「そろそろ行動を起こさないと」
 カネタは何かを閃いたように急に走り出した。

 カネタが向かった先は八十鳩家だった。呼び鈴を押して花梨を呼び出す。
 足元では楓太が威嚇の姿勢をとって牙をむき出して唸っている。
 カネタも鋭く睨み返し、それに応戦していた。
 花梨が玄関の戸を開けると、カネタの敵意は心の奥に隠れ何もなかったように無表情になっていた。
「あっ、カネタさん。これっ、楓太、失礼でしょ。あんたどっか行きなさい」
 花梨が足で蹴るフリをすると、楓太は唸りながら後ずさりした。
「いつもいつもすみませんね」
「いいんです。あの、少し聞きたいんですけど、ニッタジンって知ってますか?」
「ええ、新田さんですね。知ってますよ。何かあったんですか?」
「いえ、昨日、出会ったんですけど、その時落し物をされたみたいでそれを届けたいんです。どこに連絡したらいいか分かりませんか?」
 花梨は仁から聞いた話を思い出した。脅かされてその時に何かを落としたんだろうと、その話をすっかり信じ込んだ。
「そうね、ええっと。新田さんの連絡先は瞳が帰ってきたらわかるかもしれないけど、うーん、私は新田さんのお友達の連絡先しかわからないわ。春日ユキさんって言うんだけど」
「ああ、あの女の子ですね。ちょっとボーイッシュな感じの」
 髪がショートボブで元気そうな印象だったので花梨もつい頷いた。
「そのカスガさんっていう女の子の連絡先教えてもらえませんか?」
「えっと、でも人に教えていいものか」
 花梨が渋っていると、カネタは少しいらついて体に力が入った。
 それを敏感に感じ取って、後ろで楓太が激しく吠え出した。
「これ、楓太。やめなさい」
「だったら、花梨さんが今連絡して、直接その女の子からジンの連絡先聞いてもらえませんか」
「そうね、それがいいわね。ちょっと待ってて」
 花梨は奥に引っ込んでいったが、玄関先からも電話をしている声が聞こえてきた。
「ちょっと待って」と受話器を押さえて廊下に顔を出してカネタに話しかける。
「なんでも新田さん、今ちょっと疲れているみたいだから、連絡するのを躊躇ってるみたいなの。その代わり、春日さんが、代わりに取りに来るって言ってるけど」
「そうですか。早く返したいのでそれでもいいです。それじゃ俺が任されてる畑に来てくれって言ってもらえますか。もみじ山に向かう通りで古ぼけた看板がある小屋のところを左にまがって真っ直ぐ突き抜けるだけですから」
 花梨は言われた通りにユキに伝えていた。
 カネタは仁でもユキでもどっちでもよかったが、ユキの方が一度赤石のことについて見つけたと言ったのを思い出してうってつけだと思った。
 カネタはお礼を言うと、すぐに去っていく。
 途中、足元で唸る楓太を睥睨したが、そのあとは馬鹿にするように口元を少し上げていた。
 邪悪な雰囲気を感じ取った楓太は監視しようとカネタの後をついていこうとしたが、その寸前で花梨に首輪を引っ張られてしまった。
「楓太、いい加減にしなさい」
 足止めをくらい、仕方がないと楓太は諦めた。
 その代わり遠吠えをして、キジバトを呼び寄せ、カネタの様子を探って欲しいと信号を発していた。
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