エッセイ

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  第6話 マイク(後編)  

 マイクはバーで知り合った女性にお金を盗まれたと言った。
 そのせいで次の日、会社を欠勤してしまった。
 何が起こったのか、本人から話を聞けば、ダウンタウンの酒場エリアで、女性と意気投合し、そこで酒を飲んでいたらしい。
 だが、お酒に薬を入れられ、意識 が朦朧とし、気がつけば持ち物全て持っていかれたと言っていた。
 それを被害者らしく会社でいろんな人に話していたが、薬を入れられたのは嘘で、ただ酔いつぶれたに違いないと、夫はもうさすがに笑えなかった。
 マイクの ことを思ってそんな話するんじゃないと言ったが、それが原因かわからないが、マイクはもう会社で次の更新をして貰えずあっさりと職を失った。
 自己管理ができない人間はアメリカ社会では低く見られる。
 私もさすがに引く話だった。

 マイクが頼れる友達は夫の他にもう一人いた。その友達がマイクにこの仕事を紹介して、それで夫とも知り合うきっかけとなり、会社で三人仲良くなったのだ が、ある日その友達が夫に言った。
「今までマイクの面倒を俺がみていたけど、彼は君の家の近くに引っ越したから、これから君がみてくれ」
 夫は聞き流していたが、マイクに愛想つかしたのを彼の口調から受け取っていた。
 それを聞かされた私は正直恐ろしくなった。マイクが何かやらかすのではと不安にさせられたのだった。
 ある日、マイクは電話をかけてきたのだが、夫は家にいず、私が相手をしていた。その時のマイクは酔っ払ってろれつが回らない口調で、いつもと違う話し方 だった。
 私には直接被害はなかったが、寧ろ
「いつもご飯をありがとう。今度僕がお礼にチーズケーキを作ってあげる。インスタントだけど、それでも美味しいから」
と酔っ払っても必死に言っていた。
 いらなかったけど、ありがとうって一応いっておいた。でもあの酔っ払った話し方はやっぱり少し距離を置きたい気持ちにさせられた。
 マイクはその後失業手当で生活していた。彼はもと軍人であり、厳しい訓練を受けて、実際任務で戦った経験を持っていた。
 その話は夫も心をえぐられるくらいの衝撃を受け、辛い過去を持つマイクには何も言葉もかけてやれなかったと後に言っていた。
 元軍人は医療機関が無料になるという恩恵があり、体の調子が悪かったマイクはお金がなくても気兼ねなくよく病院に通っていた。
 マイクは肝臓が悪かった。それなのに酒が好きでしょっちゅう肝臓の調子を悪くしていた。
 そこでアルコール抜きをするリハビリをするために施設に移った。そこでは面倒はみてもらえるが、収入は全てそこの施設に渡さなければならないという決ま りがあり、それを免れるために、マイクの郵便物はいつもうちに来ていた。
 そのリハビリもやっと終わりお酒も絶つことができ、また自立に向かったとき、夫とも連絡が途絶えてしまった。

 一体どうしているのかとたまにマイクの話をしていたが、それから数年後のこと、マイクの知り合いから電話がかかってきた。
 マイクは折角絶ったお酒をまたはじめ、無茶に飲みすぎて肝臓に負担をかけすぎ、病院に運ばれそのまま帰らぬ人となった。
 それがマイクの人生の幕だった。
 マイクが残したものは少しの身の回りの品だけ。それでもその知り合いの人はマイクの唯一の家族のお姉さんに連絡をとり、事情を話した。
 だけど彼のお姉さんの言葉は冷たかった。
「適当に処分して下さい」
 それだけだったらしい。
 マイクは一人寂しくこの世を去った。
 私はほんの一部しかマイクと関わっていないが、一時はこれでいいのかマイク?と思ったのも事実。応援して、なんとか見守ってあげようとも思ったが、途中 で関わりたくないとも思ったこともあった。
 だけどこんなにあっさりと命を落とすとは、死んでしまってから、もっと力になってあげたらよかったなどと都合のいいことばかり思ってやるせなくなってし まう。
 酔って、勢いでかけてきたあの電話。
 私の料理がとても美味しいとそればかり何度も繰り返していた「ありがとう」。
 あのとき寂しくて寂しくて誰かと話した かったんだろうとその時になって思った。
 寂しいから飲んじゃいけないお酒をまた飲んでしまった。
 そういうことなんだろう。

 マイクが住んでいた近所を通ると時々そこを歩いてる彼の姿を想像してしまう。
 訃報の知らせを聞いたときは泣いたけど、面白い奴だったと今は笑って思い出語れる。
 ほんと面白かったよ、マイク。
 ドーナツみるとバターを塗りたくなる。一度やってみるからね──。
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