第一章 念願叶った!でも思ってたのと違う


 この世の中何が起こるかわからないけども、分からないだけで、まだ知られていない世界だって絶対あると私は信じている。
 たまたま私はこの世界で生きているけども、私の望む世界はきっとどこかにあって、いつかそこへいけるとも思っている。
 信じるものは救われる。
 私はいつも自分の世界を作っている。
 時には話を綴ったり、また絵を描いたりして、自分の好きな世界を創造する。
 そこには私がいて、私の大好きな人もいて、そして私達は恋に落ちる。
 私だけのラブロマンスがそこにある。
 そこでは私はリセという名前で存在していて、私の大好きな人、キュウジもいる。
 キュウジとは私の好きなアニメのキャラクター。
 それはかっこいい、すごくはまってしまう男。
 キャラクターに惚れ込んでしまいすぎて、その世界をちょっとアレンジして私だけの世界に作り変えた。
 ああ、素晴らしき私の世界。
 その中では、私はキュウジから熱愛されて、ラブラブになっていく大恋愛モノの話が存在する。
 それだけではつまらないので、キュウジの仲間や敵、そして色々と脇役もいたりと、それなりに自分の中では面白い話を創造していると思 う。
 夢を見れば、その世界にすんなり入っていけたりするから、それは私にとってもう一つの世界で存在しているという証しなのである。
 まさに自分の作り上げた世界の中へ飛び込める。
 すなわち、他の時空に行く事ができるのだと私は信じているのだ。
 この世界で自分の生命が寿命を迎えたら、私は必ずそこへいけると確信している。
 私はいつかキュウジに会って恋をして、そしてめでたく幸せに暮らす。
 早くそこへ行きたい。
 この日も、私の物語をノートに書いた。
 パソコンでタイプする方が楽なのだけど、この世界は私が手で書いて、それを持ち歩くことでいつか実現できるものと信じているので、手間 隙は惜しまない。
 そのノートは絶対肌身離さず持ち歩き、寝る時も抱いて寝る。
 こうやって、私の創造する世界をすぐ側に置くことですんなりとそこへ入っていけるはず。
 これは、いつか私が私だけの世界へと入れるためのパスポートなのだ。
 誰にも話したこともないけども、空想と隣り合わせで生活することが当たり前になって、オタクライフ満喫中。
 現実逃避と馬鹿にされるのもわかっているけども、やっぱり好きなものはやめられない。
 誰にも迷惑掛けてないし、自分の中での些細な白昼夢。
 この日もキュウジの事を考えながら街を歩いていた。
 ノートを入れたカバンに無意識に触れ、常に自分の世界がそこにあるように私はにんまりとしてしまう。
 心の拠り所を得てはそれで満足していた。

 そんな時、目の前でなんとなくキュウジをイメージさせるような男性が横切った。
 目が自然とその人を追う。
 キュウジがもしこの世界にいたらあんな感じだろうか。
 この世界のキュウジに似た人を見つけてはあれこれと想像してみる。
 彼に気をとられながら、余所見をしてふわふわと歩いていた時だった。
 これは運良くなのか運悪くなのか、突然キキーというブレーキ音が聞こえたかと思うと、その後自分が吹き飛んだ気がした。
 何回か転がってどたっと地面に寝転がったような気がするのだが、定かではない。
 ただキュウジがびっくりして駆けつけてくれたような気がしたのは、私の妄想だったのだろうか。
 その時点で、私は何が起こったのか全くわからなくなっていた。
 突然プツンと切れて全てが止まってしまったように思えたのだが、死んだのかな。
 その瞬間からの記憶が一切ないけどもその後に不思議なことが起こった。
 どこかへ飛んでいくような解放された広がる空間。
 徐々に明るい場所へと引き込まれていくように目覚めていく。
 そして再び気がついた時、目の前に広がる光景を見つつ、既視感を感じながらも、ただ呆然としてしていた。
 そこは和洋折衷になんでもありの世界が広がっている。
 まさに絵に描いたような、自分の知っている光景。
 ビルが建ち並び近代的にみえるが、そこはほんの中心部であって、周りは大自然が広がって湖水の側にお城が建ってたりと中世な面も持ち合 わせている。
 かと思えば、その隣は日本の和の風景も広がっていたり、お寺や五重の搭が見えたりもしていた。
 色んな建物がごちゃまぜになってはまるで映画セットのような不思議な世界だった。
 しかし、はっとした時、やっと気がついた。
 ここが私がずっと待ちわびた世界。
 私はどうやら、自分の思う世界に来れたようだった。
 まさに別の時空に飛ばされ、しかもそこは自分が作り上げた夢の世界。
 いや、もうここではこっちが現実で、今まで暮らしていた世界が夢の世界となってしまった。
 やったー、とうとうここに来れた。
 異世界に召還されたんだ。
 そう、思った瞬間、私はここでキュウジに会って、恋に落ちるんだ! と体の中から力がみなぎってくる。
 よっしゃ! と思わずガッツポーズをとっていた。
 キュウジは22才の青年で、それは爽やかなかっこいい人。
 やや栗色のウエーブがかった髪に、黒目がちなつやのある瞳を持ち、日本人だけど他の国の血も多少ひいているから、メリハリがはっきりと した ハンサムな顔立ち。
 少し粋がってかっこつけてるけど、本当は純粋で優しく、そして正義感溢れている。
 全ての自分の希望が詰まった、申し分ないかっこよさを備え持った人。
 少し裏で危ない仕事をしていて、仲間と一緒に警察が解決してくれない事件を弱者側に立って解決していく。
 キュウジが事件を追っているときに、偶然私と出会って、そこでキュウジが私に一目ぼれ。
 もちろん私も、戸惑いながらもキュウジに惚れていく。
 主人公と当たり前に恋に落ちて、尚且ついじらしいかわいい女の子なのである。
 早くキュウジに会わなければ。
 キュウジが現れる場所は大体分かっている。
 だってこの世界を作ったのは私だから、ここでは私がやりたい放題。
 そして私はヒロイン『リセ』としてここで生きるのだ。
 うれしい。
 毎日、ノートに書いていた事がやっと報われた。
 そして、街の中心に向かえば、すんなりとキュウジの姿を見つけた。
 ここで彼と恋に落ちるのだ。
 さりげなく彼に近づいた、その時、キュウジは私に気がついて声を掛けてきた。
 もうキュウジは私を好きでいる。
 有頂天になりながら、キュウジをウルウルとした目で見つめた。
 しかし、次の瞬間耳を疑った。
「よぉ、婆さん、元気か」
「えっ?」
 私は聞き間違えたと思い、また周りにその婆さんがいないか、キョロキョロと辺りを見回した。
 忙しく歩く人々や、車が激しく行き交いしているビルの谷間には、年老いた婆さんと呼ばれる人はいなかった。
「おいおい、婆さん、もうもうろくしちまったのか? あんたのことだよ」
「私が、婆さん?」
 私はそこで初めて自分の体を見て驚いた。
 民族衣装にも見える、布を重ね合わせたようなスカートは足をすっぽりと包んで、体系が全く見えない。
 体もずんぐりと太く、どうみても若いとはいえなかった。
 しかも顔を触れば、なにやらザラザラとしたさわり心地に指が皺に触れている。
 髪は後で束ねて三つあみにしていた。
 その長い尻尾みたいな髪を掴んで前に持って確かめれば、白髪が沢山混じていた。
 そんなバカな。
「店は開けなくていいのか? 婆さんがあそこに居ないと、この街の活気がなくなるぜ。婆さんは俺たちの情報網だからな。今日もまた面白い ネタを仕入れてくれよ」
 ちょっと待った。
 その設定はキュウジとその仲間の手伝いを常にする、街角のキオスクにいつも座ってる情報屋の婆さんではないか。
 キュウジの仕事の依頼を受けては、キュウジに連絡を取る橋渡しもしている。
 作った時はこういう役柄も居た方が話しにメリハリがあるとは思ったが、嘘、私がそれな訳?
 私はビルのガラスに近づいて、自分の姿を見つめた。
 何度も顔を触って確かめれば、やっぱり私はその情報屋の婆さんだった。
 そんなバカな。
 私はリセよ。
 ちょうどあそこを歩いている、あのかわいらしい女の子のように…… 
 その時、私は目を疑った。
 そこには私が作り上げた、理想の姿の女性がいた。
 アレこそ自分の世界の中の本当の私の姿!
 すーっと血が抜けていくのを感じたとき、周りの温度が一気に下がったように思えた。
 愕然として、絶望的な表情になりながら、その女性とキュウジを交互に見つめていた。
「どうしたんだい、婆さん。今日は具合でも悪いのか? なんだか顔が真っ青だぜ」
「キュウジ、あそこ、あそこを歩いている女の子……」
「はん?」
 キュウジも私が指差している方向を見た。
「あの子がどうしたんだい、まあなかなかかわいい子だけどさ、俺のタイプじゃないな」
「えっ! タイプじゃない!? ちょっと」
 それも驚いたけど、何より今、私は婆さんなのだ。
 まさかこの姿の私がタイプってことで、この婆さんの姿で私はキュウジと恋に落ちるの?
「まあ、婆さんも世話焼きだから、気にかけてくれてるんだろうけど、俺は間に合ってるぜ。今、仕事も大変だし、危ないこともしてるから、 当分恋なんてしてられないんだ」
 私は呆然としてしまった。
 なんということだろう。
 キュウジとは会えても、私はここでは脇役の婆さんとなり、そして本来の私であるリセはあそこにいるけど、あれは私じゃないし、しかも キュウジはリセがタイプじゃないなんて、ちょっとそれは何かが違う。
 そんな、なんでこんなことに。
 私はキュウジをじっと見つめた。
 するとなんだか悲しみで目が潤ってきた。
 私はここで一体どうすればいいのだろう。
「それじゃ、婆さん、また後でな。俺、仕事があるから」
 私の愛するキュウジはさっさと去っていってしまった。
 なんなのよ、この世界は。
 思ってたのと違ーう。
 情けなく大声で叫びたくなってくる。
 そうして、私は婆さんに転生してしまい、自分の創造した理想の世界で暮らす羽目となってしまった。
 この先、一体どうなるの。
 とにかく、私は本来の自分になるはずだったリセを追いかけた。
 しかし、あのリセは一体誰なんだ。
 なんだか泣けてきた。
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