第二章


 念のため、医者から一通りのチェックを受け、私は大丈夫だと判断された。
 病室から出れば、私は婆さんの様子が知りたくて、リセと一緒に見に行くことにした。
 私たちが婆さんの居る集中治療室に向かう廊下を歩いていると、前方でボスが三人の男と面向かって何かを話している様子が目に入った。
 あっ、キュウジ、スカイラー、そしてジェス。
 いつの間にこの三人がここに。
 でも揃っているところが嬉しい。
 だけどどうやって、このことを知ったのだろうか。
 それとなく、リセに訊いてみる。
「なんであの人たちが、ここにいるんだ?」
「お婆ちゃんの知り合いはキュウジだと思ったから、それで連絡取ったの。スカイラーからあの時連絡先もらったでしょ」
 私がキュウジと噴水の前で座っているとき、スカイラーは抜け目なく自分の連絡先をリセとミッシーに渡していた。
 簡単に自分の情報を渡してしまってはスカイラーは色々と失敗してトラブルに巻き込まれやすいのだが、まあそれはそういう性格付けとしてそう設定していた。
 上手いことここでもスカイラーは、自分の連絡先を渡していたことに感心してしまった。
 おかげで、キュウジとの接点もまた自然なものになって、リセとくっつけやすくなった。
 やはり運は自分に向いてきてるのかもしれない。
 しかし、集中治療室を見れば、そこに婆さんが死にそうになっているのを想像すると多少は胸が痛んだ。
「ミッシー、大丈夫なのか」
 ボスが私たちに気がついて駆け寄ってきた。
「ああ、大丈夫だった」
 ミッシーとして答えた。
 ボスはよかったと安堵する中、ジェスも声をかけてきた。
「ミッシーだったね、もしよかったら、あのときのことを詳しく教えてくれないか」
 ジェスの声は落ち着いて、表情も無表情で、やはり愛想が悪く見えるが、でもかっこいい。
 その後ろでキュウジとスカイラーが真剣に私を見つめていた。
 三人から注目を受けて、ドキドキとしてしまう。
 あまり嬉しそうにしてもいけないので、戸惑ったフリをして俯いてごまかしておく。
「大変な思いをしているというのに、不躾に訊いてすまない」
 ジェスが上手いこと勘違いしてくれたが、いえいえ、ほんとはそうじゃなくて、この状況に一人で悶えてるんです。
 そんなこといえる訳がないが、再び顔を上げて彼らを見た。
 深刻な顔をしているところは、婆さんが撃たれたことをとても悔しく思い、撃った奴をどうしても捕まえたいという執念が体から発しているよう だった。
 私はキュウジと目が合ってしまい、すぐに視線をずらした。
 こんなときに、キュウジを見ていたら不自然だし、あの事件に係わっただけに、それを真剣に捉えてないと思われそうで嫌だった。
 この状況に悶えてるくらいだから真剣ではないけども、自分でもさっきまで婆さんだったのが、今ミッシーになってるから、私も困惑しきって、 何をどう思っていいのかわかってない。
 彼らが私をミッシーとしてみているのなら、私はそれに応えなくてはならなかった。
「ええっと、鑑定をして欲しいとボスに呼ばれて、それから……」
 私はできるだけミッシー視線であのときのことを説明した。
 その前にボスからも聞いているとは思うが、ジェスは少しでも手がかりはないかと探ろうとして、目を鋭く細めて聞いていた。
「それで、写真を撮ったというスマートフォンは今どこに」
 そういえば、あれはどうしたのだろう。
 ミッシーが私に投げて、それを私が掴んだ後、離れた場所に投げたはずだった。
 その後のことは何も覚えてなかった。
 願わくは、店の中に残っていて欲しいが、きっと何も出てこなかったのだろう。
 あれば、犯人の顔が写ってるだけに、そこに落ちていればあの現場にいたボスが事件後すぐにそれを確保しようとするはずである。
「やはり、持っていかれたか」
 ジェスが悔しそうに呟いた。
「ジェス、やっぱり犯人はあの組織が絡んでいると思うか?」
 キュウジが訊いた。
「まだ今のところはなんともいえないが、高い確率でそうなるだろう。この方の話を聞いていれば、以前から何かと絡んできては、有利に事が行く ように便宜を図っていたみたいだし」
 そういえば、ミッシーも言ってたっけ。
 バッフルが店にやってきてはボスが手土産渡しているって。
 あの辺一体はバッフルが支配しているといってもいいくらいに、色々と難癖をつけてきては、店のオーナーやそこで仕事をしている人たちを押さえつけている。
 また、雑魚たちも、虎の威を借る狐のごとく、好き放題にやっている。
 きっとそのことをいっているのだろう。
 さすがジェス。
 すでに大体のことは把握しているようだった。
 その時、集中治療室から、看護師が出てきた。
 そこにいた全員の視線が一点に集まった。
 キュウジが一番に駆けつけ、看護師に婆さんの様態を尋ねていた。
 一応、私が婆さんだったから、あのようにキュウジに心配してもらえて、なんだか嬉しく感じてしまった。
 看護師の言葉では、体の様態は落ち着いているが、依然意識が回復しないのでとにかく今はなんともいえないと言っている。
 婆さんは本当にどうなるんだろうか。
「婆さんと会えないだろうか。俺が呼びかけたら、もしかしたら目覚めてくれるかもしれない」
 助けたいと必死になっているキュウジの気持ちが嬉しい。
 看護師は難色を示していたが、ちょっと待って下さいと言って、一度中に引っ込んだ。
 医者と相談しにいったのだろう。
 私は、心配するキュウジを慰めたくて、無意識に足がキュウジの方へと向いた。
「キュウジ、きっと大丈夫だと思う」
 婆さんだった私だったから、ついそう言いたくなった。
「ああ、あの婆さんだから、そう容易くはくたばらないだろうけど、でもやっぱりなんか心配なんだ。あれだけ俺に気持ちをストレートにぶつけてきた女もいなかったからさ、ちょっと情が湧いちまって早く元気になって欲しいだけさ」
 あのときの私の気持ちがキュウジに届いている。
 年寄りだったのに、一人の女としてみていてくれてるなんて、思いもよらなかった。
「キュウジって婆さんでもOKなの?」
 つい口からでてしまった。
「お前さ、相変わらず思ったことすぐ口にするよな。あのさ、その前に婆さんに助けられたんだから、心配くらいしろよ」
「もちろん心配に決まってる。私だってなんでこんなことになってるのかわからないし、困惑してばかりだからついなんか変なこと口走っただけなの。あまり私をいじめないで。それともまだどこかに嫌なイメージがあるの? もしそうだったら、ごめんなさい」
 自分がミッシーになってるから、あのときキュウジがミッシーに見せた敵意が残ってるか確認したくなった。
 もしそうなら取り除かないといけないし、また、ミッシーの姿だけども、本当は成瀬ハナだから、キュウジから少しでも嫌われるのは我慢ならな い。
「別にそんなことはないけど、なんかえらくしおらしくなったな」
 キュウジが戸惑った表情で私を見ていた。
 そこへまた看護師が姿を現した。
「えっと、一度に沢山の人が入るのは困りますが、お二人様までなら、ご面会していただいて結構です」
 キュウジが言いだしっぺなので、彼は入るつもりだが、もう一人はやっぱりリセがいい。
 ここで二人が急接近する可能性だってあるかもしれない。
 だけど、その考えとは裏腹に私が名乗りを上げていた。
「私とキュウジで面会します。命の恩人だから、私はお礼がいいたいんです」
 誰もが納得して何も言わなかった。
 リセが私を見ては力強く首を縦に一度振って、後はよろしく頼むとお願いしているように見えた。
 ごめん、リセ、本当ならあんたがキュウジと行くべきなんだけど、それ今度にするから、それまで待ってて。
 私も一応リセの気持ちには「うん」と軽く首を縦に振って応えていた。
 婆さんが今どんな状態なのかとても気になるし、キュウジが婆さんにどう接するかも気になってしまう。
 この世界を把握するためにも、私は婆さんに会わなければならなかった。
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