第二章


 ジェスは私たちを無言で招き入れた。
 私は遠慮もなくずかずかと中に入るが、リセは躊躇って居心地悪そうにもじもじしている。
 店の中は薄暗く、かろうじて足元が見えるくらいの淡いくぐもった光しかなく、その仄かな光に照らされた商品たちは輪郭がぼんやりとして、影と闇に交わっているようだった。
「そんな荷物を持ってどうしたんだ」
 ジェスはドアをきっちりと閉め、再び鍵をかけながら訊いた。
「婆さんを撃った奴から電話があったんだ。あいつやっぱり私のスマートフォンを持っていた。そして登録してあったリセの電話番号に掛けてきたんだ。居場所を突き止められるんじゃないかと思うと、怖くなって逃げてきた。ここしか頼るところがなかったんだ」
「それは賢い選択だった。もちろん歓迎するよ」
「ありがとう、ジェス。助かるよ」
 弱い者の味方につくジェスだから、夜遅くに押しかけても大丈夫だと思っていた。
 顔には愛想がないけども、彼の心の中はいつも優しい。
 黙ってついていくだけで安心感を植え付け、本当はお人よしな性格を隠すためにあのように厳しい顔つきになっているのかもしれない。
 大人の男としてみれば、ジェスは頼りがいのあるいい男だった。
 それでも私はキュウジ派だけども、時にはちょっぴりジェスに甘えてみたくなったりする。
 自分の中の物語では、キュウジをヤキモキさせる役柄にしているけど、もし私が本当にリセとしてここにいたら、ちょっと脇見しちゃいそうなほ どかっこいいところがあった。
 ジェスは二階へ案内すると、広々とした居間が顔を覗かせた。
 見た目はシンプルだが、ソファーやテーブルなど一通りの最低限必要な家具と隅にはキッチンがあり、空間も広く居心地よさそうにリラックスできる場所だった。
 まだ上に続く階段があるところを見ると、そこにベッドルームがあるのだろう。
 そこでキュウジ達はすでに寝てしまったのだろうか。
「今日はもう遅いから、とにかく休んだ方がいい」
 ジェスが部屋の壁の取っ手を引っ張るとそこからベッドが現れた。
 上手く壁に収納できるタイプのものだった。
 客用として準備してあるのだろう。
 充分なスペースがあるから、そこにベッドが出現してもワンルーム部屋のようにとても様になっていた。
「また明日きっちりとした部屋を用意しよう。今日はここで我慢してもらえないか」
「突然押しかけてきたのに我慢も何もないよ。色々とありがとう。巻き込んでしまって申し訳ないくらいさ」
 ジェスの口角を少しだけ上げた、ささやかな笑みが、気にするなと物語っている。
「部屋のものは全て好きに使っていい。バスルームはその奥だ」
 そういうと、静かに階段を登って姿を消した。
 やっと気持ちが落ち着いたのか、リセが大きなあくびをしている。
 私もそれに釣られて、同じようにあくびをしてしまった。

 リセも私もかなり遅く寝たために、日が昇ってもすぐには目を覚まさなかった。
 でもなんだか、空気が重々しく不快にべとついた感覚が肌を通じて感じられた。
 それで目を覚ませば、顔が二つ上から見下ろしていて、びっくりして飛び起きた。
「うわぁ、ちょっとなんなのよ」
 リセもそれで目が覚めると同時に「キャー」と悲鳴を上げた。
「ああ、もう起きちゃった。もうちょっと見ていたかったのに」
 スカイラーが残念そうに言った。
 えっ、ずっと見られてたの。
「二人ともかわいい寝顔だったよ。朝起きて降りてきたらここで寝てるんだもん。こっちがびっくりしたよ」
 スカイラーのニヤニヤとした笑顔がスケベ丸出しで、リセはシーツで顔を半分まで隠していた。
「ほら、あまりじろじろみるなって」
 キュウジがスカイラーを引っ張って遠ざけてくれた。
 起きてすぐに見たキュウジにドキドキして、私も恥ずかしくなってしまった。
「安心しな、変なことしてないから」
 キュウジなら別にいいのよ、なんていってしまいそうな気分だったが、キュウジの表情が少し硬く見えたのは気のせいだったのだろうか。
 どこか納得できない、そんな表情だった。
 私たちが勝手にここに寝てたことが、硬派のキュウジには破廉恥なものとして目に映った?
 素直に喜んで楽しんでるスカイラーに対して、キュウジは何か見てはいけないものを見てしまったという渋い顔つきになっていた。
 もしかしたら、失態を見せてヨダレをたれてたかな。
 恥ずかしくなってしまうが、今は私はミッシーとしてここにいる。
 ミッシーなら洗練されたクールなお姉ちゃんだから、寝顔もかわいかったと思うのだが、さすがに寝てるときは成瀬ハナそのものだから素のままの自分で鼾でもかいてたかもしれない。
 自分の置かれてる立場がややこしくなって、キュウジをどう見ていいのかわからなくなってしまう。
 キッチンで水をグラスについでそれを飲み干しているキュウジを暫くみていた。
「でもなんでここで寝てたの?」
 スカイラーが窓のカーテンを開けながら訊いた。
 外の光が入り込んで部屋は一気に明るくなる。
 朝の光で刺激されたように、勢い余って夕べ起こった事を一通り説明すると、二人の表情がすぐさま強張った。
 婆さんのことも含め悔しさも一緒にこみ上げてくる。
 シリアスな気まずさが流れ、私たちは暫く黙りこんでしまった。
 その時、買い物を終えたジェスが大きな紙袋を抱えて居間に入ってきた。
「もっとよく寝たかっただろうに、どうやらこの二人が邪魔をしたみたいだな」
 キッチンに入って紙袋を置くと、エプロンを付け出した。
 これから朝食を作るらしい。
 あの厳しい表情は崩さず、エプロンを身に着けて料理するジェスのギャップがやっぱり萌える。
 リセも唖然としてジェスを見ていた。
 ああいうお堅い人が、手際よく台所で動く姿は、リセにも驚きだったみたいだ。
「スカイラー、キュウジ、自分達の部屋を掃除しろ。それと新しいシーツを用意だ。部屋を彼女達に使ってもらう。お前達は今日からここで寝るんだ」
「そんな、お二人の部屋を取ってまで、その私たち迷惑掛けたくないです」
 リセが恐縮して遠慮してしまう。
「心配しなくていいのいいの。怖い思いをしたんだから、もっとゆっくりしてもらわないと。な、キュウジ」
「ああ、そうだ」
 そういって、二人は早速部屋を掃除しにいった。
 成り行きでここにきてしまったけど、私としてはここで彼らと生活した方がとても都合がよかった。
 大好きな彼らを近くで見てられるし、リセとキュウジをくっつけやすくなる。
 でも、私の気持ちはまだどこかで引っかかっていた。
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