第二章
7
ジェスが朝食を作っている間、私とリセは交互でバスルームを使い、身支度をした。
私がバスルームから出てきた時、先に身支度を済ませていたリセはジェスの隣に立って手伝いをしていた。
ジェスとリセ。
この二人の絡みも絵になると少し見入ってしまう。
ジェスは相変わらず無表情のままだが、穏やかな空気を纏っているので、ジェスに慣れれば一緒にいることが居心地よくなってくるから、リセもすっかり信用しきっていた。
時折、くすくすとリセが笑っている。
こういう部分が二人を仲良く見せてしまうので、私の話ではキュウジがこれをみると、ヤキモチを焼いてしまうという設定にしている。
その時、キュウジがごみを入れた袋を提げ、階段から降りてきた。
リセとジェスが仲睦まじくキッチンで料理している姿を何気に見たとき、動きが止まった。
そして不快な顔つきになって、二人の方へと向かった。
「ジェス!」
キュウジがここで名前を呼んだとき、リセは目をパチクリさせて、キュウジを見ている。
このシーン、見覚えがあるというのか、自分も創ったことがある。
一瞬、胸のトキメキが感じられ、私の萌が揺さぶられる。
キュウジはここで、リセを取られたくないという気持ちが起こったのだろうか。
この後にもしかして取り合いという展開に?
そう期待をしてドキドキしながら見ていた。
そして、キュウジが立腹した声で叫んだ。
「それ俺のワインじゃないか」
えっ? なんか思っていたのと違う台詞。
「ああ、これか。白ワインが少し欲しかったからちょっと使った」
「なんでそれを使う。他に一杯あるだろうが。それ限定品で手に入れるの苦労したんだぞ」
「そうか、大変だったのか」
悪いとも思わず、苦労したことだけを労ったジェスだった。
その後の言葉をキュウジは期待していたが、静かに時が流れるだけで、無視されてしまう。
「おいっ、それだけかよ」
ジェスと言い合っても無駄なことを悟ると、キュウジはすぐに諦めたようだった。
リセはおろおろとしていたが、ジェスから何かを指図されたようで、気分をすぐに変えて手伝いだした。
すっかり無視されてしまったキュウジも、ゴミ袋を置くと投げやりにまた上に戻ろうとするが、その時私をちらりとみた。
キュウジに見つめられると、自分がミッシーであってもどきりとする。
でもその気持ちを表現してはいけないように、クールさを気取った。
まだ婆さんの姿のときの方が、素直にキュウジが好きであった気持ちを出せたように思った。
ミッシーのような美人だと、このままキュウジを誘惑できそうに思えて、自分の中で葛藤が起こって辛い。
私はくっつきたくとも、ミッシーの体ではダメ。
どうしよう、どうしよう。
これって、蛇の生殺しにも似たようなものがあるわ。
とやかく戸惑っているとき、キュウジがこっちへきてしまった。
「お前さ、なんか俺に隠してることでもあるんじゃないのか。俺を見ては動きが挙動不審になってるぜ」
やっぱり態度にでてしまっていた。
「別に隠してなんてないし、色々あったから、私も落ち着いてないだけ」
少しつんと澄ましてミッシーのフリをしてみる。
実際の私は、こんなクールに行動することなんて出来ないから、ミッシーの性格はわかっていてもいざ自分で演じるとなると居心地が悪い。
キュウジは黒目がちな瞳を私に向けては、何かを言い出したそうに口元が微かに動くが、逡巡しているようで声が伴わなかった。
この態度は一体なんなんだろう。
キュウジはミッシーに興味を持ってしまったんだろうか。
明らかに意に介してる視線が伝わってくる。
恋の始まりのような、気まずい男女の駆け引きの一歩手前で扉を開こうか迷っているような、自分でいっておいてなんじゃそりゃと思いつつ、確実にキュウジがミッシーを目の前にして戸惑った表情を見せてるだけに、私は穏やかではいられなかった。
「あのさ……」
キュウジが心を決めて何かを打ち明けようとしたその時、スカイラーが階段から降りてきて、いきなり大声で叫んだ。
「なんで、ジェスとリセが仲良くキッチンに立ってるの? ずるーい」
大騒ぎしだして、納得がいかないとジェスに絡んでいく。
素直に気持ちを表現するスカイラーは、リセとジェスのくっ付きに嫉妬が混じって腹を立てていた。
いつもスカイラーは緊張した場面で、邪魔をしたり、抜けたことをして流れを変えてしまう役柄だけど、自分がこの物語に入り込むとスカイラー
の行動にイラっときてしまった。
キュウジもそれに気をとられて、折角何かを言いたげにしてたのに、出鼻をくじかれたようにその先はなかったことにしてしまった。
スカイラーは騒がしくジェスに絡んで、リセと離そうとしているが、ジェスは完全にスルーして全く相手にしてなかった。
二人のやり取りが面白かったのか、リセがクスクスと楽しそうに笑っている。
おいおい、なぜそこにキュウジがいないんじゃ。
そこはキュウジが入り込んで、リセは俺のもの! って主張するところなのに、肝心のキュウジはちらりと一度みただけでなんの興味も示さな
かっ た。
なんだかそれも嫌だった。
「キュウジもあの中に入って、リセを取り合いしてよ」
つい不満げに口から出てしまった。
「お前、何言ってんだ? それよりも自分の事心配しろよな。わかってねぇ奴だな」
そういうとまた三階へ上がっていった。
キュウジのあの言葉は一体どういう意味なのだろう。
自分がミッシーだということがしっくりこずに、ひたすらこの状況が辛くてたまらなかった。
なぜ、ミッシーの体の中に入ってしまったのだろう。
もしまた、婆さんみたいな事件に巻き込まれたら、私はまた誰かに憑依するのだろうか。
ふとそんなことが頭に浮かんだ。
そしたらリセの体の中に入ることもありだろうか。
いやいやいや、そうなったらまたこのミッシーが婆さんみたいに意識不明にならないだろうか。
人を犠牲にしてまで、憑依はしたくないが、そしたら私はずっとこのままミッシーでいることができるのだろうか。
だったら、キュウジとミッシーの私がくっついても……
自分の欲望に負けそうになったその時、リセはスカイラーに手を取られ、引っ張られて下の階へ連れて行かれてしまった。
スカイラーは一体何をしようとしているのだろうか。
私もその後をつけていこうとすると「もうすぐご飯が出来上がるから」とジェスが何気に呟いた。
階段を下りてから、二人の様子を隠れ見るように慎重に行動して、そっと覗いてみた。
スカイラーはリセに棚の商品を見せては色々と説明している。
そうだった。
リセはジェスの器用なところに感銘を受けて、そのうち色々なものがジェスの手作り品ということを知っていく。
あのエプロンも、ジェスが自分で縫ったものだし、そのエプロンにはワンポイントの刺繍がついていて、かわいいと気に入ってしまう。
そこでスカイラーがジェスの作った商品が店でも売られているといって、リセがみたいと興味を持ったのだろう。
それでここへつれてきて、ジェスの作品を紹介しているのだった。
リセも大概、一通りのことは難なくこなせるが、男のジェスの方が自分よりも上手いと知ると、少しライバル意識を抱いてしまう。
というより、普段大人しいリセが、ジェスによって影響を受け、自分も自信をつけて視野が広まるといった成長振りが伺えるところである。
ジェスはリセのいい所を引っ張り上げて、師匠のようになるから、益々仲が深まる要素がでてくる。
これがあるから、キュウジがすねたり子供っぽくなったり、そういうかわいい部分を見せて、リセもキュウジが愛しくてたまらないという運び。
だけど、キュウジはリセにまだこの段階では興味をもってないし、そこが抜けてスカイラーが急に接近しだしてるから、これはまたやばいかもしれない。
スカイラーのように人懐っこく甘えられたら、リセは母性本能がうずいてしまわないだろうか。
私は暫く二人のやり取りを見ていた。
「これもかわいい。どうしてこんなに上手く作れるんだろう」
「ねっ、ジェスは器用だろ。ここには置いてないけど、自分でデザインした服なんかも作っちゃう奴なんだ」
「料理もできるし、裁縫も得意だなんてすごい」
「それで、頭もいいし、すごい頼れるんだ。僕なんかとえらい違いさ」
「あら、スカイラーだって、優しいし、頼もしいと思うけどな」
「えっ、ほんと。リセは僕のこと嫌いじゃない?」
「そんな、嫌いだなんて、そんなこと全然ないけど。こうやって皆に助けてもらってるんだもん。とっても感謝してるわ」
「僕さ、リセが好きだな」
「えっ?」
「リセが気に入っちゃったんだ。ねぇ、僕のこと考えてくれない?」
「あ、あの」
「もちろん、急にそんなこと言われても困るのはわかってる。でも誰よりも先に君に気持ちを伝えておかないと、リセはキュウジやジェスを好きになっちゃったら困るもん」
「わ、私は、その……」
「いいんだ、そんなにすぐに返事が欲しいとも思ってない。でも僕のことしっかりと見てほしい。リセに気に入ってもらえるように努力するから」
あちゃー、やっぱりスカイラーはそう来たか。
素直に自分の気持ちをストレートに伝えて、正面からぶつかるから、女としてはそんな男もかわいいと思ってしまう。
ここにキュウジがいたら、スカイラーは身の程知らずと怒りを買って、頭をどつかれていたはず。
リセに手を出すなと釘をさしたり、リセは俺のものだからとスカイラーの目の前で抱きしめて見せびらかしたりするんだけど、リセとキュウジが恋仲になってない以上、発生するわけもない。
リセは今どう思っているのだろうか。
まんざら悪くもなく、楽しそうに笑っている。
この先もずっとスカイラーに言い寄られたらいずれは情が移って……
えらいことになってしまった。
なんとしてでもそれは阻止しないと。
私はどうにかできないかと思案して、ふと意地悪なことが頭によぎってしまった。