第三章
2
「スカイラー、そんなに欲求不満なのか」
「ち、違うんだってば。あれには訳があって。アーン」
「お前、なんか変だぞ。やっぱり頭打っておかしくなってるんじゃ」
「そうだよ。おかしくなってるんだよ。キュウジ、助けてよ」
「おいおい、落ち着け。とにかくだ、先に服着ろ。さすがに素っ裸で俺に抱きついてるのも変だろうが」
スカイラーであろうと、それがフルチンであろうと、そんなことより、私はキュウジに抱きついていたかった。
でも、これって傍から見たらアレだわ。
中にはこういうシチュエーションで妄想する人もいるから、ある意味すごい状況だった。
救いは、キュウジがとても落ち着いていて、スカイラーをいたわっている事だった。
私はキュウジにくっ付きながら、彼をじっと見つめた。
キュウジも私を見つめ返してくれた。
茫洋とした、何を見ているのかわからない瞳が、戸惑いと神秘さを備えている。
このままじっとお互い見つめていたら、雰囲気に呑まれていきそうで、私はまた押さえ切れない欲望が自分の心を支配した。
キュウジにキスされたい。
つい目を閉じてキスをねだるように唇をむけてしまった。
キュウジもまんざら悪い感じではなかったと思う。
そのまま、本当にキスできるかと思ってしまった。
「お前な・・・ いつも調子に乗るなといってるだろうが、いい加減にしろ」
パコッと頭をどつかれた。
「痛い!」
咄嗟に目を開けたら、怒ってると思っていたキュウジの顔がどこか憂いを帯びて悲しげに戸惑っていた。
「ほら、早く服を着ろ。そして、リセに謝りに行こう。まずはそれからだ」
私は大人しく頷いて、適当に服を着た。
キュウジと一緒に階段を上り、部屋の前に立った。
キュウジは、私の顔を一度見て、きっちりとしろと瞳で指示をしてからノックした。
リセが恐々とドアを開け、私、即ちスカイラーの姿を見ると、体をすくませた。
リセにとって初めてアレをみてしまった体験になったかもしれない。
「リセ、さっきはすまなかったな。ほら、お前も謝れ」
キュウジに頭を押さえつけられ、私は慌てて謝罪する。
「リセ、ごめんなさい。アレはちょっとした間違いだったんだ」
リセはどう答えていいのかわからないまま、ただ怯えているようだった。
「リセすまない。スカイラーの悪いおふざけだったみたいで、決して君を襲うとかそういうのじゃないんだ。こいつ着替えてるときバス
ルームですべって頭うっちゃって、ちょっと現実と夢がごっちゃになってたんだ。自分が裸だったことも自覚がなかったんだ。あれは本当のスカイ
ラーの姿じゃないんだ。信じてやってくれ」
キュウジの言葉が身に沁みる。
それに、とても説得力ある言い訳に、私ですら感心するほどだった。
「そうなんだ。頭打ったとき、別世界に行った気持ちになって、朦朧としてたんだ。そしたらリセが現れたから、助けてもらえると思って僕も必死だったんだ。本当にごめんなさい」
リセも大概お人よしのところがあるが、どうやら信じてくれたようだった。
堅かった表情も和らいで、笑みを浮かべたとき、全てを許してくれたと思った。
リセも自分の立場をわきまえているから、トラブルにはしたくないはず。
あっさりと、さっきのことはなかったことにしてくれたようだった。
「誰にでも間違いはあるもの。もういいわ」
誰にでも間違いはあるだろうが、まさか素っ裸で突進してくる間違いもめったにはないだろうに。
私でも怖いわ。
自分でスカイラーの体を借りてやってしまったんだから、どれだけ異常だったんだと、自分でも情けなくなる。
スカイラーの名誉をすっかり傷つけてしまった。
でもスカイラーもあの時無理にキスなんてしてこなかったら、こんなことにならなかった。
スカイラー、あんたも悪い。
「ところで、ミッシーの様子はどうだい?」
キュウジが気にかけた。
「うん、それがちょっと」
リセの信用がまた回復したので、キュウジと私は部屋の中へ招き入れられた。
その時ミッシーはベッドの中で、うなされているように寝ていた。
「大丈夫なのか、ミッシー」
キュウジはミッシーの側に寄って手を取り、脈拍を測ろうとした。
その時ミッシーが朦朧としながら叫んだ。
「ちょっと、勝手に触んないでよ」
キュウジの手を振り払い、ミッシーは憤慨すると、キュウジは少し面食らってしまった。
気の強さが全面的に現れたその姿を、不思議そうに見ていた。
「ごめんなさい。ミッシーは機嫌が悪いと、私にもこんななの。気にしないで。よほど気分が悪いんだと思う」
リセが申し訳ないと代わりに謝った。
「別に気にしてない。何か欲しいものがあれば、持ってくるが」
うなされてうずくまるように寝ているミッシーの様子を気にしながら、キュウジが言った。
「今のところは何もないわ。とにかく様子を見て、もし酷いようなら病院に連れて行くわ」
「わかった。何か出来ることがあればいつでも言ってくれ」
「ありがとう」
リセとキュウジが会話をするのは嬉しいことなのに、この二人はお互いを全然意識してないのが辛い。
私の話では常に寄り添って、ラブラブなのに、恋なんて始まらないくらいの知り合い程度の仲にしかなってない。
ミッシーがあの状態だから、そんな暇もないけども、ミッシーも一体どうしたんだ。
あの事件がよほどトラウマになって、すぐには処理できないものだったのだろうか。
体が濡れて、確実に体温が下がって体に支障をきたしたのも原因の一つだろう。
私が憑依してたために、ミッシーにとったら、あの事件はついさっき起こったことになって、そのショックで体にも負担がかかっているに違いない。
そりゃ、困惑しても仕方がない。
あとはリセに任せ、私とキュウジは部屋を去った。
その後、キュウジが口をギュッと閉じ、何かを考え込んでいた。
もしかしたら、ミッシーのことでショックを受けているのかもしれない。
あの時は私がミッシーの中だったから、キュウジに恋している部分もそのままミッシーとして体からにじみ出てたと思う。
少しは気になって意識してたかもしれない。
でもあのミッシーの機嫌の悪い態度で、興ざめして考え込んでいるのかも。
私も、一時はミッシーとしてキュウジと恋仲になってもなんて思ってしまったけど、結局はこういうことになってしまったから、実行しなくてよかったと胸をなでおろしている。
キュウジがミッシーを好きになって、私がスカイラーのままだったら辛すぎるわ。
やっぱりここは、リセでないと。
まだまだ、リセとくっつく可能性はあるのだろうか。
なんとかしなければ。
でもスカイラーの中に入っている今、どうやってリセとくっつけたらいいのだろうか。
あんなことが起こってからリセはきっとスカイラーを避けると思うし、リセには近づきにくそうだ。
私も、悩むわ。
一人あれこれと、悶々として考え込んでいるとき、ふと顔を上げるとキュウジがじっと見ていた。
「お前さ、やっぱり頭打ってからなんか変だよな」
キュウジが私に近づいてくる。
そして手を掲げてそっと私の額に触れた。