第三章


「いててて、ええ、なんで体も痛いし、頭もずきずきと痛いの? 僕どうなってるの」
 スカイラーが私の上でほざいている。
 このパターンはもしや…… 
 その時、上からキュウジが覗き込んで声をかけた。
「スカイラー、階段から転げ落ちたのか。何やってんだよ。ジェスも災難だな。二人とも大丈夫か」
 降りてきて、スカイラーを起こした。
「僕、一体どうしたの。なんでこんなに頭が痛いんだ」
「あのな、お前、昨日俺のワイン飲んで酔っ払っただろうが」
「えっ、僕がキュウジのワインを飲んだ? 僕、お酒飲めないのに? それ、本当? あっ、いててて」
 自分の声でも頭に響く。
 さっきまで私もそうだったから、その痛みは良くわかる。
「お前、何にも覚えてないのか? 色々と大変なことしたんだぞ。ミッシーを噴水に突き落としたり、裸でリセに襲い掛かったり、俺にまで襲い掛 かったりしたんだぜ」
「えっ、ミッシーを噴水に落としたことはなんとなく覚えてるけど、あれはその、事故で、故意ではないんだけど、でもその後のことは全く覚えてない。いててて」
 頭を抑えこみ、歪んだ顔をしていた。
「そういえば、バスルームで転んで頭も打ってたっけ。おまえさ、一時的な記憶障害に陥ってるんじゃないのか」
「えっ、僕、頭も打ったの? なんかもう記憶が飛んでしまって、何にも覚えてない。どうしよう。話し聞いてたら、僕変態じゃないか。そういう 気質は元々あったかもしれないけど」
 ミッシーのときもそうだったが、私が憑依している間は本人を乗っ取ってしまい、時が止まったようにその部分の記憶はどうしても無いようだった。
「もういいから、全部忘れろ。それらは全て片付いてるし、今は、ジェスの方が心配だ」
 キュウジとスカイラーの視線が一度にこっちに来た。
 私は、放心状態のまま床の上で尻餅をついたままだった。
 目の前でキュウジとスカイラーが会話している姿をみてて、さっきまで私がスカイラーだったから、自分が何者か考えていたところだった。
 もう、検討はついている。
「ジェス、ごめん。怪我はない?」
 スカイラーが二日酔いで痛い頭を抑えながらも、心配して私の顔を覗きこんでいる。
「あっ、ああ、なんとか」
 立ち上がり、自分の体を見るも、すらっとした足、身につけているエプロンが目に飛び込む。
 そして、キュウジやスカイラーよりも背が高い。
 鏡をみるまでもなく、自分がジェスに憑依したのが伺えた。
 やはり痛みを伴う衝撃でこの憑依は起こってしまう。
 それにしてもジェスになってしまうなんて、想像もつかなかった。
 ジェスほど、難しい役柄もない。
 何を考えているかわからない、乏しい表情。
 全てを見通しているような、鋭い目つき。
 寡黙で厳しいが、それでいて優しい心遣いが出来るかっこいい男。
 自分がそれになりきれっていうの?
 無理だよ。
 スカイラーの体は粗末にできても、ジェスは尊敬しているだけに、イメージを壊すようなことはしたくない。
 しかし、信用が有る分、リセに近づきやすくはなったが、ジェスとして振舞う自信がない。
 早くこの体から出たい。
 そうするにはまた何かの衝撃がいるのだが、次こそリセになりたいし、でもジェスがリセにぶつかるなんてこと、偶然の事故でも起こらない限り、自ら突進なんてできそうにもない。
「どうした、ジェス。なんか様子がおかしいぜ」
 キュウジに指摘されて、はっとした。
「いや、私もどこか頭を打ったような、なんだか調子が悪い」
「えっ、僕がジェスを怪我させちゃったの? ごめん。大丈夫?」
 スカイラーは私に近寄らないで!
 またスカイラーの中に入るのはごめんだ。
 どうしてこんな目に遭わないといけないのよ。
「とにかく少し休めば大丈夫だ」
 ここは一度離れた方がいいと思ったとき、今度はリセの声がした。
「俺たちは一階だ」
 キュウジが叫ぶと、リセが上から覗き込んだ。
「どうしたの、そんなに慌てて」
 スカイラーも頭を抑えつつ、リセの緊迫した表情が気になった。
「それが、朝起きたら、ミッシーの容態が酷くなってて、もしかしたら肺炎をこじらしてるかも」
「えっ、それは大変だ」
 キュウジが階段を駆け上がり、スカイラーも頭が痛いくせに一緒についていく。
 私も放っておけないと、後を追った。
 私たちがどたばたと部屋に駆け込んだとき、ミッシーはベッドの上で苦しそうにうなされていた。
 ストレスも絡んで、すっかり体調を崩してるから、ちょっとした風邪でこじれたに違いない。
 ジェスならどう判断するだろうと考えた。
「これは病院に連れて行かないと。すぐに車を用意だ」
 これぐらいは言っても大丈夫だろう。
「でも、僕、頭痛くて今運転できないよ」
 車の運転はいつもスカイラーの役目だった。
 ジェスの中に入ってるけど、私も実際は免許持ってないから、運転できません。
 キュウジはできるよね?
「スカイラー、鍵をよこせ。俺が運転する。皆は先に広場で待っていてくれ」
 ああ、よかった。
 自ら言い出してくれた。
 胸をなでおろしてしまう。
 でも表情を変えてはならないと、私は無表情さを心がけた。
 車は少し離れたところに置いている。
 セダンなので、無理したら五人は乗れるけど、病人がいるから詰め詰めになっても苦しい。
 このときぞばかりにジェスになりきって言ってみた。
「沢山で行っても邪魔になるだけだ。スカイラーはここにいろ。どうせその様子では出かけるのも大変だろう」
「ああ、そうさせてもらう。すまない」
 そうするとミッシーを運ぶのは私になってしまった。
 果たして持ち上げられるのだろうか。
 リセが心配してじっと私を見ている。
 ここはリセの期待通りのジェスにならないといけない。
 リセはジェスをかなり尊敬しているだけに、決してかっこ悪いところはみせられない。
 私はブランケットにミッシーをくるんで、抱きかかえてみた。
 意外や意外、やはり体はジェスのままだったので、軽々と持ち上げられた。
 少しはほっとして、そのまま運び出した。
 ジェスのイメージが壊れることなく、リセは信頼の中、頼り切ってジェスを見ている。
 リセのこの真剣な眼差し、それはキュウジに向けて欲しかった。
 
 キュウジが車を運転し、私とミッシーは後部座席に座り、リセは助手席のキュウジの隣にいる。
 二人が並んで座っているけども、そこには気持ちの繋がりがないのが悲しい。
 いつになったら二人は接近するのだろうか。
 ジェスだったら、どうやって二人をくっつけようとするだろう。
 ジェスの頭を使って、いいアイデアを得たかったが、それは無理だった。
「ジェス、なんだか考え込んでいるようだが、どうした」
 運転座席からキュウジが質問してきた。
 黙っているだけでいいかと思ったが、こうやって考えこんでいるだけでも、周りに影響を与えてしまう。
 ピッチフォークのリーダーでもあるだけに、キュウジはジェスの行動一つで何かあると思ってしまうのだろう。
 ややこしい、キャラクターやわ。
 ええーい、適当に応えてやれ。
「いや、敵がどこかに潜んでないか、少し心配になった」
「そうだよな。バッフルがからんでいるなら、街に手下が潜んでいるとも考えられる。ミッシーが狙われていることもありえる」
 えっ、やっぱりそうなる?
 適当に言っただけなんだけど、図星?
 どこかでホッパーが待ち伏せしているってこともあるんだろうか。
 前でリセが落ち着かず、おどおどしていた。
「大丈夫だ。私たちが傍についてる限り、奴らの思い通りにはさせない」
 思わず、そういい切ったが、実際、ホッパーがまた来たらどうしていいかわからないわ。
 リセが後ろを振り返る。
「本当にご迷惑おかけしてすみません」
「気にすることはない」
 リセはそんなことより、キュウジのことを気にかけなさい。
 そういいたかったけど、ジェスはそんなこと言わないから、折角信用があっても、リセとキュウジをくっ付けるのは無理があった。
 ジェスは絶対にそんなことしない。
 これでは、ジェスになっても何の役にも立たなかった。

 結局、婆さんが入院している病院にミッシーもお世話になることになった。
 やはり肺炎をこじらせているということだった。
 これもスカイラーが余計なことをしたせいだ。
 いや、一番悪いのは私がスカイラーを誘惑して、リセから離そうとしたのが一番の原因だった。
 スカイラーばかり悪いと責めてもいられない。
 婆さんは相変わらず意識不明のままだし、ミッシーも肺炎をこじらせてしまい、スカイラーも二日酔いで苦しんでいる。
 私が体を乗っ取ったせいで、皆不幸になっているではないか。
 私は色々と考えながら、一人病院のロビーで座っていた。
 キュウジはもう一度、婆さんに面会したいと看護師に申し出て、許可されて今様子を見に行っている。
 リセはミッシーの入院準備の手続きをとっているところだった。
 この先私はジェスとしてどうすればいいのだろう。
 願わくは、なんにも起こって欲しくない。
 その時、ミッシーの入院手続きを終えて、リセが戻ってきた。
「あの、ジェス」
「ん? どうした」
 ちょっと、リセ、一体何がしたいのよ。
 どうせなら、ぶつかって衝撃を与えてくれ。
「一度、アパートに戻りたいんですけど」
「そうだな。気になることもあるだろうし」
「でもやはり怖いので、ジェスについてきてもらえないかと思って。ご迷惑ですか?」
「いや、迷惑ではないが」
 なぜ私なんだ。
 こういうときはキュウジに頼んで欲しい。
「よかった」
 ちょっと、そこで喜んでどうするの。
 断ることも出来ずに、私はずるずるとリセについていくことになった。
 キュウジが戻ってきたとき、この事を伝えたが、事件に係わったミッシーがここに居るので、安全確認のために暫く病院の内部と周りを見て、 バッフルが来てないか調べておくといった。
 だが、後になって考えれば、リセと私が二人っきりになるのは非常にいいことだった。
 これこそ、チャンスではないだろうか。
 リセには悪いが、頭突くなり、ぶつかるなりすれば、私はリセの中に入り込める。
 そう思うと、急に力が出てきて善は急げになっていた。
inserted by FC2 system