第三章
8
さて、私の作戦としては、あの公園内でキュウジを見つけたら、すぐさまリセに頭突いて憑依して、そしてさっさとホッパーから離れて、キュウジの元へ行ってひたすら逃げる。
ホッパーは訳がわかってないと思うので、きっとすぐには追いかけてこられないはず。
それどころか、記憶が抜けてるから追いかけることすらしないと思う。
ひたすら逃げたら勝ち、みたいな計画。
その後のことは、ジェスがバッフルの悪事を暴く計画を立てるだろうし、リセとなった私が誘拐された生き証人となって有利な発言もできる。
そんなことよりも、大切なのは、リセとキュウジが恋をすること。
キュウジに助けてもらったことでリセは堂々とキュウジを好きになったと言えるし、キュウジもリセに言い寄られたら絶対気になっていくに違いない。
他に気になる人がいるとかいってたけど、そんなこと絶対に忘れてくれる。
リセこそ、ナンバーワンであり、キュウジにふさわしい恋人なのだ。
早く夜にならないかな。
などと楽しみにしながら、リセが傍で見ているのもお構いなく、私はホッパーの姿でニヤニヤしてしまった。
ホッパーもこんなキャラクターじゃないだけに、申し訳ない。
本来なら、哀愁を帯びて、影のあるクールさが売りの殺し屋でかっこいいんだけど、まあいっか。
しかし、部下を連れて行かなければならず、どう誤魔化すかが問題だった。
だがここで、ボス面をしてみた。
「いいか、これは私の問題だ。私が全て片付けるから、絶対に手を出すんじゃないぞ。どんなことがあってもだ。わかったな」
「はい」
ホッパーは最高幹部なだけあって、部下達は素直に従った。
そんなに心配しなくても、簡単に解決できそうだった。
これもまた気持ちがいい。
この調子なら全てが上手くいく。
そう思って止まなかった。
そしてそれだけを信じて私は約束の時間を待った。
約束の時間の前にグレートセントラルパークに、部下の運転する車で着いたのだが、ここに来るまで場所が広すぎることに気がつかなかった。
あれっ、この公園のどこって、詳しく言わなかった。
ちょっとキュウジたちは一体どこで待ってるの?
「ホッパーさん、場所はどの辺ですか」
部下も気になって聞いてきた。
「とにかく、お前達はここで待機だ。私が戻ってきたときはすぐに逃げられる準備をしておくこと。それだけだ」
「でも、もし、向こうが複数で来ていたらどうするんですか。我々もお供します」
「余計なことはするな。全ては計画通りに動いている。心配するな。これは命令だ。わかったな」
「はい」
部下にとってホッパーの命令は絶対だった。
これだけの強面の連中を、操るなんて気持ちのいいこと。
暫し、裏の世界のホッパー役も楽しませてもらえた。
やっと、自分の思い通りになると思うと、嬉しくて浮き浮きしてくる。
堂々とリセとしてキュウジに抱きつけることを想像しつつ、私は一人ニヤついていた。
リセが傍で変な目で見ているために、気を取り直してクールな顔つきをするものの、すぐに自分が出てきちゃって、にへらにへらと目がたれてし
まう。
思わず鼻歌まで歌っちゃってスキップしたりする始末。
立ち止まっては、キュウジ! と抱きしめる練習までしちゃう。
リセの白い目なんて気にならないくらい、ハッピー気分でいた。
約束の時間が近づく頃、部下を置き去りにして、私はリセを引きつれ、グレートセントラルパークの中へ入っていった。
さすがに真夜中は人が居ず、不気味な雰囲気がする。
所々に電灯がついていても、薄暗くぼんやりとその辺りが見えるくらいにしかならなかった。
一体キュウジはこのパークのどこにいるというのだろうか。
やはり広すぎて、中々キュウジ達と会えない。
こんな大きな場所ってわかってたんだから、ジェスも、もう少し詳しく聞いてくれてたらいいものの、ジェスにしてはなぜそのことに気がつかなかったのだろうか。
そうだ、スマートフォンがあった。
これで連絡を取ればいい。
私はリセに、再びそれを用意させ、そして電話を掛けさせた。
ところが、リセが電話を掛けても通話は一向に始まらなかった。
「なぜ、電話に出ない?」
私が聞くと、リセは首を横に振って自分にもわからないと答えていた。
「もしかして、持ってくるの忘れたとか?」
そんな、ジェスらしくない。
ジェスだって、どこで待ち合わせをするかくらい気になるはずだ。
暫く、公園内をさ迷っていたが、約束の時間が過ぎてもキュウジ達に会えなかった。
えっ、折角このときを楽しみにしてたのに、どうして。
この公園も端から端が長く、森がずっと永遠に続いているような気分にさせられた。
暗いし、周りがはっきり見えないし、不気味だしどんどん怖くなってくる。
疲れても来ていたし、はしゃぎすぎた後のこの虚しさで、気持ちも萎えていた。
そんな時だった。
後ろから、ダダダダと小石を蹴るような音とともに、何かが走りこんできて、私の首に手をかけてきた。
「ちょっと、何すんのよ」
思わず素で驚いてしまう。
「リセ、今だ、走れ。あそこにジェスが居る」
その声は、キュウジ!
でもなんで。
そんなことより、リセが逃げてしまう。
ちょっと待ってよ、まだリセに頭突いてないじゃないの。
ちょっと、キュウジ、これは反則だよ。
私は、逃げようとしたリセの手を咄嗟に掴んだ。
「リセ、ちょっと待って」
「嫌、離して」
だから、ちゃんと逃がすって約束したのに、どうして勝手にこういうことするのよ。
私も、このとき必死だった。
とにかくリセに頭突いたら全てが上手く収まる。
なんとしてでもリセを引き寄せて、頭をぶつけたかった。
キュウジ、苦しくてもあなたにぎゅっと体を羽交い絞めにされて嬉しいんだけど、ちょっとだけ待ってよ。
私も今はホッパーなので、キュウジと互角にやりあえるだけの力を持っていた。
キュウジに体を取り押さえられながら、必死にリセの手を掴んで引き寄せようとしていた。
そしてリセを近くまで引き寄せて、そこでなんとか頭をぶつけようとしたとき、ジェスが走ってきて私からリセを引き離してしまった。
なんでそうなるのよ。
リセは恐怖心から、ジェスに抱きついてしまうし、そこも予定と違う。
そしてジェスはリセを連れて走って逃げていった。
「あっ!」
私はキュウジともみ合いながら、暫く格闘してしまう。
「観念しろ。往生際が悪いぞ」
キュウジは怒りをあらわにして、容赦なく襲ってくる。
だから違うって。
「なぜ、私との約束が守れなかったんだ」
「約束だと。そっちこそ最初から守る気なんてないだろうが。それに、こんな広い公園で、特定の場所も指示せずに会うだと。その時点でおかしいって思うじゃないか」
いや、それ、私のただの間違いだから。
「だけど、どうして私がここに居ることがわかった」
「GPS機能だよ。リセがそれをオンにしたんだ。それで、あんたの居場所がわかったってことだ」
「だから、わざと電話にでずに、惑わしたのか。その時に私の場所を特定してたんだな」
「あんたもプロの殺し屋の癖に、そんなことにも気がつかないなんて馬鹿だな」
「とにかく、どうする気だ」
「このまま捕まえて警察に突き出すのさ。そうしてバッフルとの関係を暴いてやる」
別にそれでもいいんだけど、どうしてもリセと先に頭突いていたかった。
「ほうら、大人しくするんだ」
その時、キュウジが私の腹に膝蹴りを入れた。
「いたーい。やだ、キュウジ」
「えっ?」
その時キュウジが油断して動きが緩まった。
私は必死に動いて離れようとした瞬間、頭がキュウジのあごを頭突いてしまった。
キュウジも油断してたが、私もまさか、むちゃくちゃに動いたときに頭がキュウジにのあごにぶつかるなんて思いもよらなかった。
そして、ぶつかった直後から私は暗闇で、ホッパーを押さえつけていた。
またいつものパターン。
ホッパーにとったら何が起こってるか把握できず、辺りは暗いし、目の前には見知らぬ男が居るしで、かなり混乱している。
最後に覚えているのはジェスとリセのアパートで格闘してたときだから、急に辺りが変わって相手まで変わると、どう理解していいのか咄嗟に判断しかねていた。
私も、このパターンはもうおなじみだったので、目の前にホッパーがいるということは、私は今キュウジになってしまったということだった。
まさか、自分が好きな人に憑依してどうするというのじゃ。
こんなの最悪。
今までの中で一番最低の憑依。
これ以上の不幸はないというくらい、これはもう絶望だった。
こうなったら、もう一回ホッパーに頭突いて憑依し直した方が得策かもしれない。
私はホッパーに近づいて、頭をぶつけようとしたときだった。
ホッパーは殺気を感じて、すぐにこの状況に適応してしまい、その時懐から銃を取り出してキュウジに向けていた。
そして、迷いもせずにその引き金を引いてしまった。
静寂な暗闇の中、突然の銃声がその闇を切り裂くように鋭く響いた。
そして、私は急に力が抜けたようにガクッと膝が地面につく形でしゃがみこんだ。
衝撃を受けた腹を手で押さえれば、粘りついた感触を感じた。
何が起こっているのかと、充分に届かない電灯の光の中でそこに目をやれば、どす黒く染まっているように見えた。
「なんじゃこりゃ!」
怒りと驚きと大変なことになったショックが爆発した。
ホッパーは上から私を見下ろしている。
そして、舌打ちを一度してから、その場を去っていった。
ちょっと、ホッパー、なんて事を。
急にゴボッと口から液体が逆流してはゲボっと吐いた。
口の中一杯に広がる不快な血の味。
私の息は荒くなり、呼吸してもお腹から漏れていくようだった。
こんなの酷い。
この体、キュウジの体なんだよ。
銃声の音を聞きつけて、誰かが地面を蹴り上げて、駆けて来るのが聞こえてくる。
「キュウジ!」
スカイラーの声だった。
声の方向を見ようとしたが、視界がどんどんぼやけてくる。
「キュウジ、嘘だろ。嘘だろ。しっかりしろ。ああ、ああー」
スカイラーは私を抱え込んだ。
「スカイラー、病院へ、早く」
「わかってる。わかってるって。喋るな」
スカイラーは自分のシャツを脱いで、キュウジである私のお腹を押さえ込み、そして抱き上げた。
「キュウジ、しっかりしろ。絶対に死ぬなよ。こんなのかすり傷だからな」
スカイラーは泣きそうな声になりながら、必死で励ましている。
私も、意識を保とうと歯を食いしばった。
ここでキュウジを死なせてたまるか。
キュウジ、死んじゃダメだから。
キュウジの体は強いんだから。
意識が遠くなりそうなのを必死で私も踏ん張っていた。