遠星のささやき

第十一章 愛しすぎて

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 前夜は全く眠れなかった。
 少しは寝たのかも知れないが、意識がはっきりとあって、何度も寝返りをうちながらぼやける思考力のまま混乱していた状態だった。
 三岡君の事を色々と考えていた。
 出会った時のことから、想いをずっと持ち続けてきたこと。
 そして年月が経ってからの再会と今に至るまで。
 想い続ける事がこんな結果をもたらすなんて、愛しすぎることの裏返しにただため息がいくつも洩れた。
 何度も時計を見ていると、時間だけがノロノロと弄ぶように動いていた。
 明け方になるとやっとの思いで起き上がり、ベッドの淵に座って首をうなだれた。
 酷い顔をしているのが、鏡を見なくても判る。
 なんとか身支度をして、トモが来るのをひたすら待っていた。

 起きてから数時間が経つ。
 仕事は適当に理由をつけて休む連絡を入れた。
 昨晩からずっと待っていた状態だったのでマンションのドアをノックする音を聞くと、長い眠りから覚めたようにはっとした。
 飛ぶように急いで玄関を開けた。
 トモがどんな表情をしていいのか判らずに、力なく立っている。
 お互い言葉を探し、声を出さないといけないのを判っていながら喋れずに暫く顔を見つめていたが、トモは耐えられないのか目線が一点を定めない。
 私も言葉の代わりに涙腺が緩んで涙がじわりと目の中に溜まっていった。
 トモはやっと何をしに来たのか、目的を思い出したかのように声を発した。
 
「リサちゃん、三岡は回復に向かってるんだ。泣くことないんだ。さあ行こうか」

 トモの車で市内の病院に向かう。
 助手席に座り、焦点が定まらないまま過ぎ去る景色を見ていた。
 途中信号にひっかかり、車が止まるとトモが事の経緯を話し出した。
 トモは前日の夕方に美幸から連絡を貰ったと言っていた。
 発見が早かったのと応急処置で一命を取り留めることができ、数日の入院だけですぐに回復するらしかった。
 トモは連絡を貰ってからすぐに病院に駆けつけ、三岡君の無事をちゃんと見てきたからと、心配がないことを何度も強調する。
 ただ、なぜ三岡君が自殺しようとしたまでかはわからないのか、それとも私に隠しているのか、それについては触れなかった。

 病院の建物が見え、駐車場に車が入ると私は急に怖気づいてしまった。
 私が簡単に三岡君に会いにいける立場でないことも、気づくのが遅いと自分で突っ込みたくなるくらい初めて気がついた。
「三岡君の家族もいるんでしょう。美幸…… さんだっていると思うし、私なんかが現れたら大変なことになるんじゃないの」
「うっちゃんにすでに連絡してあるんだ。リサちゃんが三岡に会う間、うっちゃんが美幸をどこかへ連れ出してくれるように手配したんだ。だから安心して。 ちゃんと三岡に会えるから」

 トモがそこまで気を回していてくれたとは驚きだった。
 何かある度にトモは私を助けてくれる。
「トモ、ありがとう」
 私がお礼を言うと、口元を軽く上げて笑っていたが、殊勝な態度は私には似合わないとでも言いたげに「しっかりしろ」とわざと憎まれ口を叩く。
 トモは私に車の中で待ってるようにと指示をすると、一人で病院の中に入っていった。
 暫くすると病院の入り口からうっちゃんが美幸と子供を連れて出てきた。
 私はそれを見てハッとする。
 美幸も疲労のせいで疲れた足取りで歩いていく様子に、かなりショックを受けてるのが伝わってきた。
 それだけでも罪悪感を覚えるのに、何も判らず健気に後をついていく子供の姿に私の心は締め付けられた。
 暫くしてトモも後から出てくると美幸たちの様子を遠目で伺いながら私を呼びに来た。
 うっちゃんは必要なものを揃えるために美幸を買い物に連れて行ったらしい。
 当分は帰ってこないとトモが言った。
 原因を作ったのは私なのに、二人とも何も言わずに助けてくれる。
 感謝していることをトモに話したかったのに、うまく言葉にできずにまごついてしまった。
「三岡が待ってるよ」
 トモは自分のことだけを考えろと優しく笑顔を私に向けた。
 
 トモの後ろにつき、三岡君の病室へ向かう。
 病院の独特な匂い、白すぎるほどの壁と廊下。
 普段あまり来ないこの空間は、いつもは考えたこともない生と死について訴えかけられる。
 ただでさえ不安な状態に拍車を掛けられたように追い詰められていく気分だった。
 どんな顔をして会えばいいのだろう。
 次第に自分の呼吸が荒くなっていった。
 トモが病室のドアをノックすると、返事をするこもった声が内側から聞こえた。
 トモがドアを開けた。
「三岡、リサちゃん連れてきた」
 私が中々病室の中に入らないでいると、肩にそっと手を置いて勇気付けてくれた。
 私はそっと病室に入る。
 トモは遠慮してすぐにその場を去って行った。

 一人部屋、窓際に近い位置にベッドがあり、三岡君が起きて背中に枕を置いてもたれていた。
「リサ……」
 その声はか細く弱弱しい。
 三岡君と目が合うと体の中から湧き出すように震え出した。
 悲痛に叫びそうになる自分の口を押さえ、離れた場所でおいおい泣いてしまった。
 しかし意外だったのは、三岡君は他人事のように冷静でいた。
 彼の目は輝きを持たずにじっと私を見つめていた。

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