遠星のささやき

第十一章

3 

 トモから三岡君の死の知らせを聞いたときは、冗談だと思った。
 あの時と全く同じパターン。
 落ち込みもまだ回復してない中、生活のためだけに働いて、そして疲れてマンションに戻ってくる。
 ドアを開け、寂寥感一杯の小さな部屋に入り、ふーっとため息をつく。
 電気をつけようと壁のスイッチに手をかけながら、電話の留守電のランプに目が行く。
 何気なしに再生ボタンを押せば、「リサちゃん」とトモの声が流れた。
 抑揚のない声。
 伝え難そうにまず、喉を鳴らす音が入り、その後沈黙が数秒。
 何をいうつもりなんだろうと注意深く聞く姿勢になり、電話をじっとみる。
 そしてあの時と同じ台詞が流れたときは、前回のメッセージを消し忘れたのかと思った程、信じがたかった。
 一つ前回と違っていたのはトモの声が涙ぐんでいた。
 悲しみに震えるトモの声は現実を突きつける。
「嘘、本当に三岡君が死んでしまった……」
 悲しみよりも、涙よりも、先に脳が指令を出したのは事実を受け入れるなという遮断だった。
 立ったまま気を失ったように頭の中が真っ白になった。
 ショッキングな話は悲しむことより驚きと衝撃を最初にぶつけてくる。
 その後で、じわじわと悲しみが湧き出て溜まっていき、溢れんばかりになると目から涙となって洩れてくる。
 ──三岡君はもう居ない。
 気がつけば私は床の上に座り込んでいた。

 トモと連絡が取れたのは、留守電を聞いて暫くしてからだったように思う。
 時間の感覚はすでに麻痺して正確にはそんなことまで覚えてない。
 トモは知ってる限りの情報を私に伝える。
 まず、自殺の方法だった。
 眠れないと処方された睡眠薬を多量に飲んで三岡君は命を落としたと言っていた。
 一度自殺未遂し、命を取り留めて、たった二週間そこらで大量の睡眠薬を処方する医者も自殺の再発を考えなかったんだろうか。
 素人の私ですらそんなことをすれば危険な可能性を感じる。
 医者は何を考えているんだとその事実を知って憤った。
 こんなことありえない。
 でも何を言っても、責めても、もう三岡君は戻って来ない。
 これは三岡君が選んでしまったこと。

 三岡君は最初から死を見つめて生きることをすっかり諦めていたのかもしれない。
 私がどんなに自殺なんてするなと言っても、三岡君の心はもう最初から死を受け入れていた。
 三岡君がそこまで死を望んだ理由、死ななければならなかった理由──。
 三岡君はなぜ死を選んでしまったのか。
 
 トモは何度も私のせいじゃないからとしきりに電話口で言っていた。
 前回私が自分を責めたから今回もそうであると思ったのだろう。
 でも今回は少し違った考えを持っていた。
 自分でも悲痛で泣きじゃくっているのに、なぜそう思えるのか不思議だった。

 三岡君の言葉を思い出す。
「…… 想いも、命が消えてもそのまま残るんじゃないかって、俺思ったん だ」
 私への想い。
 そう三岡君は私だけにその想いを残していった。
 私はこれで完全に三岡君が自分のものになったと心によぎった。
 私一人のもの。
 三岡君は永遠に私のものなのだ。

 自分の命を捨ててまで、三岡君は私への想いを貫いてくれた。
 彼が自分の気持ちに正直になった理由がこれなのだ。
 命を捨てて私に想いを残す。
 それが彼の目的だったに違いない。
 三岡君は私を選んだ。
 この私を──。

 どこか狂気じみた考え。
 お陰で三岡君の死を受け入れやすくなった。
 その時、三岡君に貰った指輪が私の指に美しい輝きを放していた。
 私は静かにじっとそれを見ていた。
 
 3月下旬、お寺のお祭りの日。
 実家に帰り、そしてぶらっとあの時のように屋台が並んだ所を散策した。
 またお店が減っている。
 子供の頃あんなにわくわくしていたお祭りが、どんどん小規模になってつまらなくなっていく。
 商品も物の値段も時代と共に変わっている。
 子供の頃抱いていたお祭りの雰囲気はもうそこにはない。
 パイナップルのチョコがけのお店もなかったけど、当事の気分に浸りたくて、記憶を辿って三人が働いていた場所を探してみる。
 まだ15歳だった私。
 一途に三岡君を思い続けたあの日。
 懐かしい。
 三岡君、やっぱり私、三岡君のこと大好きだよ。
 周りは全て変わってしまったけど、気持ちはあの頃と何一つ変わってない。
 
 砂埃が両目に入ったような気がした。
 いやに涙が出る。
 それを拭いながら私はお寺を出た。
 そして田んぼが広がる田舎道を歩く。
 蓮華の季節にはまだ少し早いが、早咲きのものがポツポツ咲いていた。
 一途にかわいらしくピンクに染まって咲いている。
 雑草の花ながらも、凛としていた。
 三岡君が私にくれた想い。
 この蓮華のように、力強くいつまでも咲かせるね。
 私の心の中だけはピンクの絨毯をひきつめたくらい一杯咲かせるから。
 
 三岡君の笑顔を思い出す。
 私が大好きだった、すかっと気持ちよく笑った一番いい顔。
 その笑顔も私だけに向けられたもの。
 ずっと私のもの。

 三岡君は私のものだとずっと思っていたとき、美幸が私に接触してきた。
 あの女のことだから、きっと私のせいだと責めるに違いない。
 だから私もある程度の覚悟は出来ていた。
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