遠星のささやき

第十三章 それでもはずれた道

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 一人暮らしを始めたとき、自由を手に入れたと思った。
 気ままな生活。
 誰にも何も言われない。
 それでもお気楽な生活では全くなかった。
 自由と引き換えに、自活がのしかかる。
 お金がなければ意味がないだけ。
 だから私は働かなければならない。
 例え、辛いときでも、大切なものを失っても、何かをする気力がなくとも、働くことだけは止められない。
 でも自分の住まいに戻って一人になったとき、ふと寂しくなる。
 それは一人で住んでるからという理由だからではなく、決して埋まることのない心を満たすものが欠けてるせい。
 昔から冷めた目で自分の感情を現すこともなく、常に我慢してきた。
 そういうものだと決めてかかって、真っ向から取り組むこともしてこなかった。
 だけど、それが自分の知らないところで起こり、自分ではどうすることもできない状況に追い込まれた場合、それでも立ち向かえば自分の思うままになるとい うのだろうか。
 どうしようもない事だってある。
 そして心が満たされないままいれば、どうやって情熱を持って真っ向から取り組めばいいというのだろう。
 自分の生き方が不器用過ぎて、自分が悪いと思っていてもどうしても何かのせいにしなければ気がすまなくなってしまった。
 運が悪い──。
 それにつきる。
 そしてまた一つ、不運がやってきた。
 私の働いていた店が経営不振から閉店することになった。
 高校卒業後、6年間ひたすら働いてきた自分の職場がなくなる。
 私は本社に行かないかと誘われたが、遠すぎて引っ越さないといけなかった。
 お金もかかるし引越しも面倒臭くて、私も潔く次の職場を見つけることにした。
 24歳になったばかりの頃だった。

 仕事はすぐには見つからない。
 でも最初の一ヶ月はまだゆっくりできる休暇気分で、たまにはいいかと気楽に考えていた。
 だけど家賃を納めれば、簡単に貯金通帳の数字は減っていく。
 危機感は日々募っていった。
 何とかしなければと手っ取り早くできることは食費を削ることだった。
 貰い物の素麺があったので、これが主食になった時期があった。
 毎日素麺の日々。
 そればかり食べていると、素麺の束の両端を持ってボキボキと折って捨てたくなる程、素麺が嫌いになった。
 
 そして、トモの「困ったときは必ず助けるから」という言葉を思い出す。
 うっちゃんと別れてからトモとは数回電話で話しただけで、会うことはなかった。
 そして私はトモに電話した。
 目的はお金。
 自分でも、こんなことができるなんて本当に思わなかった。
 でもトモと電話が繋がったとき、頭を下げて貸してと言わずに、まるで恐喝する勢いでこの話を持ちかける。

「トモ、困ったとき助けてくれるっていったよね。今、本当に困ってるんだ。働いていた店が潰れて、仕事なくなっちゃった。まだ新しい仕事も見つからず、お 金もない。なんとかしてよ」
 トモに悪いとか、罪悪感すら持たずに平然と言えた台詞だった。
 それなのにトモは本気で心配していた。
「お店潰れたの? それは大変だ。わかった、少しなら用意できる」
 この時、トモがバカに見えた。
 昔からそうだった。
 私のためなら、いつも真剣に考えて取り組んでいつでも助けてくれる。
 届かなかった誕生日プレゼントの時もそうだった。
 私を喜ばそうと大金を払ってブランド物のバッグを買った。
 あの時私が思ったのは、郵便事故よりも発送を頼んだ大家さんが盗んだってことだった。
 トモはいつも損を見るタイプだと、あの時から私はそうレッテルを貼っていたように思う。
 そして、それを判っていて私はトモを利用しようとしている。
 それが悪いことだという気持ちも持たずに。
 トモならなんでも私の意のままになる。
 酷い女だと客観的に見て鼻で自分で笑っているが、本当はどうしようもなくトモに自分の気持ちをストレートにぶつけていたんだと後になったときに思う。
 辛いから、苦しいから、不安でたまらないから、でも弱音なんて男の前で吐いたことなどなかった。
 それを自分で自覚するのが怖くて、ひねくれて悪女を演じて自分を誤魔化して、そしてあんな態度になった。
 何が大切なくらい判っていたはずなのに、トモの前ではそうしなければいけないかのようだった。

 トモはすぐに5万円私の口座に振り込んでくれた。
 そして、トモのバカさ加減はそれで終わりではなかった。
 次の月も同じように5万円振り込んでくれた。
 その次の月もそうだった。
 まさかこんなに毎月振り込んでくれるとは思わず、すっかりそれに慣れてしまって、また次の月もそうだと思い込んでいた。
 だけどそれからはお金は振り込まれなかった。
 暫くして私はまたトモに電話する。
「今月分、まだ入ってないよ」
 よくこんなことしゃーしゃーと言えたものだった。
 普通なら金づると思われて、怒って当たり前だと思う。
 それなのにトモは「ごめん」と謝った。
 この日は土曜だったので、直接持っていくと言ってきた。
 お金を貰っておいて、会いたくないとも言えず、また部屋にも入られたくないので近くの駅で待ち合わせることにした。
 そして久し振りにトモに会ってビックリした。
 トモは左足にギプスをつけ松葉杖をついていた。

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