遠星のささやき

第十三章 


 私には遊びだった。
 但し、男は私に夢中になっていなければならない。
 年下の甘える男達。
 私が心許してるふりをして彼らの自尊心を高め、そして陰で操り私は常にコントロールする立場。
 年下に惚れられて当たり前。
 そして私が飽きればさようならするつもりでいた。
 ほんの一時のゲーム。
 それなのに、私は自分のプライドを傷つけられた。
 中村達治が突然連絡を絶ち、私はあっさりと捨てられたのである。
 
 二人と同時に付き合って、彼らにばれない日が来ないとは思わなかったが、ばれても別にどうってことなかった。
 それもまた、スリリングなゲームであり、ハラハラ感を楽しむ。
 だけど、男から先に去るアクションを取られると私は悔しくてたまらない。
 男に対して自分が上に立たないと気が済まない性格上、恋愛の駆け引きに負けた気分にさせられた。
 中村達治も結局は遊びで割り切れたというのだろうか。
 それでも彼は真剣だったと思うからこそ、この仕打ちが信じられない。
 自分から裏切っといてこう思うのも滑稽だが、私の中ではありえないことだった。
 
 こうなると、意地が出て見っとも無いほど狂っていく。
 先に引かれると、どうしても納得いかなくて、また何とかして私に振り向かせて、その時こそ私が振ってやりたくなった。
 ほんとにバカな女だったと後でどっぷり思ったが、この時は悔しさで何も見えなかった。
 自分がここまで落ちぶれているとは、これほど惨めだったことはない。
 そして立場が完全に逆転してしまっていた。
 私の方が中村達治に電話を何度も入れて、連絡取ろうと未練がましい態度を見せていた。
 でも彼は決して私の電話を取ることはなかった。
 完全に無視された状態。
 こんなはずじゃない。
 こんなのおかしい。
 私が振り回す立場なのに、どうして年下の男に振り回されないといけないの。
 
 中村達治がなぜ私と連絡を絶ったのか、考えられるのは二股がばれたこと。
 これに腹を立てたのかもしれない。
 そして気持ちが一気に冷え込んだ。
 しかし、彼は常に私に甘え、就職後は結婚したいとまで夢を語るように私に話してきたことがあった。
 彼の実家は田舎の方だったが、いつか一緒にそこへ行って両親に会ってくれとまで言われていた。
 実際旅行に行く計画も立てていたくらいだった。
 二股がばれたとしても、最初に気持ちをぶつけたり、確かめたりのアクションがあってもおかしくないのに、彼はいきなり私と縁を切ってしまった。
 理由がどうであれ自分の行動がいい加減だったのは百も承知だが、自分のことを棚にあげても男からこのような態度を取られるのは許せない。

 ある日、佳奈美に一芝居うってもらおうと、無理なお願いをしてしまった。
 久し振りに一緒に出かけた帰り、秋の夕暮れも迫る頃、駅前の公衆電話の前で立ち止まり、私は佳奈美を引き止めた。
「ここに電話して、私が自殺を図って病院で入院しているって言ってくれない?」
「えっ? なんでそんなことを? そんな嘘つくの嫌」
「お願い、そこをなんとか」
 しつこいくらい頼み込む私だったが、頑固として佳奈美は何度も断った。
 それでも私が諦めず、公衆電話から離れず一行に帰ろうとしないので、とうとう折れて電話を掛けてくれた。
 留守電だったので、私が言った通りに伝言を残してくれた。
「これで満足した? でももうこんなこと二度とごめんだからね」
 佳奈美は少し気分を害していたが、私にそんなことまでしてそんな男に振り回されるなとチクリと刺した。
 それは私もわかっていたが、もう自分は普通の恋愛なんてできない。
 そして何より男にプライドを傷つけられるのは絶対ならぬことだった。

 結局、佳奈美に伝言を入れてもらっても、中村達治からは何も連絡がなかった。
 嘘だとばれていたのだろうか、それとも逃げただけだったのだろうか。
 それすら判らず、時間だけが過ぎていった。

 だけど高山洋介だけは連絡をくれた。
 この時中村達治と二股を掛けていたことは疾うにばれていた。
 二人は私の知らないところで、私のことで喧嘩をして、高校の時から親友だったはずがあっさりと仲たがいとなってしまったらしい。
 二人の間のやり取りについては高山洋介は話さず、ただ私が体の関係を含めて二股していたショックをぶつける。
 それでも中村達治はさっさと去っていったのに対し、高山洋介は全てを受け入れ私が好きだと言い切る。
 普通なら高山洋介のように私にのめり込み、どんな酷いことをされても全てが許されるはずと私は当たり前のように思っていた。
 中村達治はそれをしてこなかったのが、私には許せないところだった。
 それにしても無茶苦茶な理由なのは判っている。
 どれだけ自分は壊れているんだということも承知。
 それでも、中村達治に対してはくだらないプライドが邪魔をして気持ちが収まらない。
 高山洋介は二股の事実を受け入れても私を追いかける。
 純粋に私を好きでいてくれて、決して私を責めようとしない。
 なんて健気なんだろうと上からそれを傍観するように見ていたが、私は高山洋介には興味など全くなかった。
「どうして、俺を選んでくれないんだ。中村はお前を捨てたじゃないか。でも俺はお前の側に居る。好きなんだ。だから俺を見て欲しい」
 高山洋介が必死に私に告白してくる。
 彼の実家が金持ちで、将来は後とりであろうと、結婚したいほど好かれていようと、私は彼を決して選ばない。
「ごめん。そこまで本気になれないんだ」
「なぜなんだ?」と何度もしつこく理由を聞いてくる。
「自分のどこがいけないのか」と「それなら今後改善する」とまで言ってきた。
 もちろん、ここまで惚れられて悪い気はしない。
 これが私が望む男の対応。
 普通ならこういう男を選ぶべきなんだろうが、私はごめんだった。
 その本当の理由に、真面目すぎてそこが嫌と言ってやりたかったが、なぜそんなことをいうのかとさらに質問されたらその後の理由など言えないし、 言ったところで理解などして貰えない。
 だったらこのまま悪い女だと思われている方が楽だった。
 とことん私は彼に冷たくした。

 そしてやっと諦めて高山洋介も私の前から消えた。
 みんなまた消えていった。
 全て自分から仕向けたにすぎないが……
 私らしくてもう慣れっこになってしまった。
 いつまでこんな恋愛続けるつもりだろう。
 これが私の望む恋愛なのだろうか。
 そしてもう二度と三岡君を愛したように他の人を愛することはないんだろうか。
 ないと言い切れる。
 人を愛することは苦しみしか残らない。
 それならそんなの最初からいらない。
 だから私は最初から壊して、自己防衛をしてしまう。
 それもまた虚しいと判っているというのに。
 
 私には三岡君が死んでもその存在は大きい。
 美幸が嘘などつかずに結婚をしなかったら、私は三岡君とずっと今も一緒に居たのだろうか。
 そんな仮定をあれこれいったところで、現実は三岡君は死んで、私は今生きて、不安定に自分の人生を歩んでいる。
 何をどういったところで、現実はそれしかない。
 もう三岡君はどこにもいない。
 ならば、私はこの世に存在する限り、目で見るまま、感じるままに生きるしかない。
 私のやってることを否定する人がいるとしたら、人間なんて人のことは何でも言えるが、自分のことになると、簡単に落とし穴にはまって抜け出せなくなるも のだと忠告してやりたい。
 人のことに口突っ込む時間があれば、自分のことだけ考えて、自分の思うように生きればいい。
 とやかく言うなの一言なのである。

 そしてこの後も、出会う男がいるとまた同じようにいい加減な付き合いをしてしまう。
 絶対にどんなことがあっても懲りない。
 だから、婚約者のいる男と知り合って適当に付き合ってしまった。
 そいつは見るからに頼りなさそうで、仕事も配達業をして出世も見込めなさそうな全然魅力のない男だった。
 たまたま職場に配達でやってきたのがきっかけで、それから親しくなった。
 私がちょっと心を許したふりをして人懐こくなれば、これはいけるとそいつはホイホイ寄ってきた。
 それをわかってながら、気づかれずに上から目線にそいつを見て本当は鼻であしらっていた。
 私のマンションに通うようになり、私も適当に受け入れる。
 お互い全く真剣じゃないのに、寝ることだけは簡単にできた。
 しかしここで気がかりなことが起こった。
 いつも正確に来ていた生理が一週間遅れても来なかった。

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