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「げ、元気してた?」
嬉しそうな明るさを装った声だったが、どもってるところが久し振りの連絡に私の態度が気になる様子だった。
素直に私が喜ぶ訳がないことを良く知っていたので、その通りとばかりにこちらも期待通りの答え方をついしてしまった。
「もう私のこと忘れて縁を切ったかと思ってた。まさかまたトモから連絡がはいるなんて…… 今頃何の用よ」
つっけんどんに答えたが、縁を切ったつもりでいたのは私の方だったと自覚すると、素直になれずに悪態をつく自分が嫌になって益々怒ったような声になって
しまった。
「前のところに電話したら電話番号が使われてないってなってたから、もしかしてと思ってこっちにかけてみた。実家に戻ってたんだ」
「だから何の用?」
またいつもの繰り返しだった。
どうして私はトモにこんなにも冷たくなるんだろう。
自分から縁を切っておきながらも、その後トモに放って置かれた仕返しなんだろうか、それとも唯一自分を正直にさらけ出せたからなんだろうか。
知ったところでどうしようもないので、何も深く考えないように適当にトモと話したが、また私の知らなかった真実が耳に飛び込んで驚いてしまった。
「ごめん。本当は連絡したかったんだ。ずっと連絡しなかったのは、うっちゃんが絶対リサちゃんに連絡取るなって脅しに来たからできなかった」
「脅した?どういうこと?」
「うっちゃんが結婚する前、数人友達をつれてやってきて、俺にリサちゃんと一切連絡を取らせないように、少し殴られた。もし連絡したらもっと酷いことにな
るとか言って」
「えっ? どうして」
「うっちゃん、本当は結婚したくなかったんだ。親が相手を勝手に決めてしまって、仕方なく親の言いなりになった。でも俺がそれをチャンスと思ってリサちゃ
んに近づくのを恐れたんだ。だから彼女がいるとか自分の口から先に言えとか脅されて、当分は大人しくその通りにした訳なんだ」
私は絶句だった。
何も言えず、ただため息が洩れた。
あの時、普通に挨拶するように別れを告げて去って行ったうっちゃんの事も思い出すとやるせなくなった。
「でも、リサちゃんが仕事なくてお金に困ってるって言ってきた時、俺なんとかしなくっちゃってそれで覚悟決めて、うっちゃんにも助けを求めたんだ。訳を言
えば助けて貰えるってそう思っていた。でもうっちゃんは、俺がリサちゃんと連絡とってると知って激怒してさ、その結果俺は怪我してしまって、余計にリサ
ちゃんを助けられなかった」
「えっ、それじゃあの時の足の怪我はあれは……」
「まあね、詳しいことは省かせて貰うけど、原因はそういうことになるかな。あんな格好だったけど、どうしてもあの時リサちゃんに会って頑張れって言いたく
てさ」
トモは苦笑いのようにその後ハハハハと笑っていたが、こっちは笑えない。
私の戸惑いを察したのか、一瞬沈黙になったが、静けさを打ち消すようにトモはまた話し出した。
「だけど、実は俺もその後色々あってさ、ずっとリサちゃんのこと考えてたんだ。そしたらうっちゃんにコントロールされるのも馬鹿らしくなってきて、
ついリサちゃんのことを思い出したら無
性に声が聞きたくなって連絡したんだ。また連絡取れて嬉しい」
「色々って何よ。何があったのよ」
意味深な言葉に聞こえたので追求してみた。
「そ、それは、ちょっと無茶なことしてさ…… ごめん、あまり人には言えない話」
「そんな言い方したら余計に気になるじゃない」
「ご、ごめん。とにかく、俺も忘れたい出来事でさ、なんていうのか若気の至りってことさ」
私はわざとらしく必ず聞こえるように深くため息をついた。
「どうせろくなことしなかったんでしょ」
トモは受話器の向こうで、気まずいのかしゅんとしていたように思えた。
何があったか知らないけど、本人はかなり反省している様子からもう聞き流すことにした。
「あのさ、今さらそんなこと聞かされる私のことも考えてよ。トモは相変わらず無神経ね」
「ごめん」
「それに、私も今は心の余裕がないんだ。またあの時と同じように仕事に溢れてしまって今探しているところ。お金がないの。もし私のことを思い出して電話し
て私に会いたいんだったら、それなりにまとまったお金でも持ってきてよ」
自分の耳から聞いても酷いことを言ってるなと自覚していた。
既に過去にお金を貰って、充分なお礼も言っていないのによく言えた台詞だった。
だけど、ここまで言えば私に愛想つかしてもう連絡してこないという思いもあった。
世話になったことは決して忘れたわけではなかったが、トモにはなぜか浮き沈みが激しくなる。
「お金に困ってるのか?」
「うん。先日父親も亡くなってしまったし、弟と二人で母を支えているって感じ。だから実家に戻ってきたの。お金があればもっと自由になれたのに、こんな生
活嫌なの」
「そっか、いくら位必要なんだ?」
「えっ、そんなのあるだけあった方がいいに決まってるじゃない」
トモは何かを考えて少し黙っていたが、急に決心したように「わかった」と言った。
「ちょっと待って、トモは貯金とかあるの?」
「ない。今からなんとかするよ」
「どうやって?」
「昔知り合った人に手っ取り早く稼げる仕事を紹介して貰う。結構いいお金になると思う」
手っ取り早く稼げる方法なんていいイメージがしない。
なんかやばい匂いがしてきた。
「まさかその人って、私が高校生の時に会ったことがある人じゃないよね」
私が意味しているのは、昔一度だけ会ったことがある派手な格好をしたその道のような人のことであった。
三岡君が仕事は仕事で割り切ってるとか言ってたあのときのことが頭によぎった。
トモはただ笑っていたけど、また後で連絡するからと携帯の電話番号を聞いて電話を切った。
何か胸騒ぎがする。
昔から、私のことになると一生懸命になりすぎる。
一途というのかバカというのか、これがトモらしさと言えばそれで終わってしまいそうだが、しかしトモは一体何をするつもりなんだろうか。
私に言えなかった話の事も気になる。
何か変なことに首を突っ込んで取り返しのつかないことをしていたのではと悪い方に傾いていく。
私があんなことを言ったために、さらに不安は募り怖くなってきた。
トモの一途さは度を越すと命まで賭けそうだった。
暫く受話器を握り締めたまま私は動けなかった。
手っ取り早く稼げる方法。
そんな甘い話ほど公にできない危ない事情があるに違いない。
違法なこと。
しかもかなりヤバイものだったら……
一体どんな仕事をしようとしているのか、私が考えられるのは犯罪に繋がるようなことばかりだった。
そうだとしたらあのトモが上手くやれるはずがない。
失敗した場合、捕まる、またはそれ以上の最悪なことが起こったら──。
成功したとしても、それが原因でこの先もずっと利用されるようなことになったら──。
どっちに転んでも最悪。
ただの考えすぎなんだろうか。
昔、聞いた、100万円貰えるとしたらどっちの仕事がいいという話。
死体を保存するために特別な液に漬け込み、浮いてきたのを常に沈めるのとバキュームカーの中に入って綺麗に掃除する仕事。
子供の頃、究極の選択でそんな話をしたことがあった。
そういう誰もやりたがらない仕事のことも考えられる。
一体トモは何をするつもりでいるのか。
手っ取り早く稼げる仕事など、大概危ない橋を渡るようなもの。
私もハラハラさせられる。
すでに一緒に渡ってるような気分だった。
あんなこと言わなければよかった。
いくらトモに好きなこと言い放題だからといって、私が取った行動は最低だった。
トモは不器用で、自分のことを顧みずバカなことに突っ走ってしまうタイプ。
それは私が良く知っているということなのに、なんでいつもこうなってしまうのか。
もしトモに何かあったら、それこそ私のせいだ。
携帯を常に側に置き、トモからの連絡を待った。
そして数日後、携帯にトモから連絡が入ったとき、トモは申し訳なさそうに、何度も涙ぐみながら謝ってきた。
その謝り方が悔しさを滲ませ、自分を責めては何度も私に謝る程尋常ではなかった。
何があったか説明しろと言ったが、トモは黙り込んで何も言わなくなった。
ただすすり泣きが聞こえてくる。
何があったというのだろう。
この時ばかりは、嫌な予感がする。
私ができること、今ここで私がしなければならないこと、それを考えると私ははっと心の中で何かが弾ける。
今トモに会わなければ──。
「トモ、今から会おう。あのお寺覚えてるよね。私達が初めて会ったあのお寺。そこの駐車場まで来て。私待ってるから」
「いいよ、俺なんかと会う必要なんてない」
「バカ! 私が会おうって言ってるんだから言うこと聞きなさいよ」
怒りながら言えば、トモは必ず私の機嫌を取るために言うことを聞く。
トモは仕方なかったのか、小さく「うん」と承諾した。
これは私の責任。
私が言い出したこと。
全ての責任を取る覚悟で私はトモに事情を聞かなければならなかった。
『もっとトモに優しくなれよ』
いつか三岡君がうっちゃんに対して言った言葉だったが、私の耳にその三岡君の声が響いたような気がした。
三岡君はどうしてトモと親友だったのだろう。
トモも過去に三岡君に助けて貰って恩があると言っていた。
三岡君がそこまでしてトモを助けたくらいだ。
私も三岡君のようにトモを理解してやらないといけないのかもしれない。
トモはほんとに不器用。
でも私も上手く人生を歩めない点では同類の不器用さ。
人のこと言ってもられない立場だった。
暫くした後、トモから駐車場についたと携帯に電話が入った。
私は心決めて会いに行った。