遠星のささやき

第2章

5 

 トモは突然の私の不機嫌さにビックリしていたが、気が弱いので理由も聞けず、気を取り直してその場を取り繕うとしていた。
 唐突に脈絡のない質問をされる。
「リサちゃんは誕生日いつなの?」
「とっくに過ぎたわよ。来年にならないと来ない」
「あっ、そっか。俺はもうすぐなんだ」
「そうなの」
 そっけなかったと思う。
 だけどトモの誕生日なんてどうでもよかった。

「あっ、今、休憩中なんだ。よかったらお茶でもしない? 俺おごるよ」
「いらない」
 トモとのチグハグナ会話がとても苛立った。
 三岡君に彼女がいるなんて聞かなかったらもっとましな対応をしていたと思う。
 折角連絡先がわかっても、そのメモを握りつぶしてしまいそうになるほど腹立たしい。
 でもできなかった。

 私はトモにバイバイと手を振ってとっとと帰った。
 その間際にトモが叫んだ。
「今夜電話するよ」
 どこからこのずうずうしさが出てくるのだろう。
 あの時屋台では何も喋らず三岡君とうっちゃんの言いなりになって大人しかったというのに、私と二人っきり になったら主導権を握ったような態度。
 この私があんたのような男に興味がある訳ないのがどうしてわからないのか不思議なくらいだった。
 トモにはいい印象をこの時も抱けなかった。
 嫌いなタイプ。

 そしてその夜、本当にトモは電話してきた。
 たまたま電話を取ったのは私だった。
 というより、男から電話がかかれば親は心配する。
 もしものことを考えてあ る程度の予防策を取っただけのことだった。
 それが本当にトモからの電話だったから非常に驚いた。
 トモは馬鹿正直というのか、律儀というのかきちっと約束は守るみたいだ。
 でもどこか不器用さが目立つ。
 一生懸命なのに、相手に伝わらないという感じがした。

 私は電話を自分の部屋に持ってきた。
 愛想もなくただトモの話を適当に聞く。
 そして受話器から突然元気でハキハキとした声が聞こえてきたとき、それまで不機嫌だった私の感情が一気に吹き去った。
「よぉ、リサなのか? 久しぶりだな。元気か」
 三岡君だった。
 そうだ、一緒に住んでいるんだった。
 トモにイライラしていて電話がかかってきたときは三岡君のことまで頭が回らなかった。

 久しぶりに聞いた三岡君の声。
 泣きそうになった。
 でも顔を歪ませて必死で耐えていると、なぜか鼻がむずむずとしてすすってしまう。
 受話器の向こうで泣いていたことばれてたかもしれない。
 どれだけ会いたくて、どれだけ声が聞きたくて、どれだけ三岡君のことを考えていたことだろう。
 電話の向こう側に三岡君がいる。
 また繋がった。
 すごく嬉しいのに、でも却って辛さは増した。

「三岡君、今日彼女とデートだったんでしょ」
 自分から敢えてしたくもない話を振ってしまう。
 自分をもっと苦しめるために。
 声を聞いて変に浮かれて後でがっかりするよりも、最初から辛いほうがまだま しだった。

「デートって程でもないよ。ただの友達。用事があるからって車出してくれって言われただけ。使いっぱしりさ」
「えっ、でもトモが彼女とデートだって言ってたよ」
「ああ、こいつはいつも大げさに言うんだよ」
 なんだか安心した。思わずトモの馬鹿野郎って心の中で叫んでしまった。
「三岡君、あのお祭りの日、雨が降ってまた手伝いにいけなかったことすごく残念だった。ちゃんとさようならも言えずに会えなくなって寂しかった」
「俺も。リサに会えなくて寂しかったよ。だけどまたこうやって繋がって嬉しい。トモが喜んで俺に教えてくれたんだ。リサと連絡とれたよって。それで俺のた めに電話かけてくれたんだ」
「えっ? トモが」
 意外だった。
 トモが私と三岡君が話せるようにしてくれた。

「リサ、また会わないか? うっちゃんもリサのことたまに話すんだ。あいつもお前のこと気に入ったみたい。お前やっぱりもてるぞ。どうだその後、高校生に なって彼氏でもできたか?」
「できるわけないでしょ。周りの男の子たちに全然興味ないもん」
 誰のせいで、普通の男に興味なくなったと思うのよ。
 私はその責任を取れと強気に、つい三岡君に告白してしまいそうになった。
 でもそれをぐっと堪えて、探りの質問をする。
「三岡君だって、本当は彼女いるんじゃないの」
「そうだな、いないっていったら嘘になるな。でも本気じゃない……」
 思わず、息が止まった。
 やっぱり彼女がいる。
 また悲しさの逆戻り。
 自分でも一喜一憂に疲れる。

「とにかく今度の日曜、会おうぜ。店手伝ってくれたお礼もしないとな」
 三岡君は私の気持ちも知らずに、一人楽しく話して用件だけ言うとさっさと電話を切った。

 これから会えるというのに、重力が倍になったくらい重苦しくなっ た。
 それでもやっぱり会いたい。
 ずっと心の中に三岡君がいた。
 彼女がいたって会うくらいなんの問題もない。
 会って自分の気持ちに決着つけなくっちゃ。
 日曜日が近づくにつれ、サッカー部に所属しているだけに、三岡君と会うことはどこかのチームと試合をするような緊張感が高まっていった。
 どんな顔して会えばいいんだろう。
 何を話せばいいんだろう。
 約束の日までドキドキともんもんが入り混じる。
 そしてその約束の日曜日がとうとうやってきた──。

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