遠星のささやき

第三章 また会えたその時

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 約束の日にちに赤で印を入れた卓上カレンダーが机の上に乗っている。
 朝起きて、それをチラリとみると「とうとう今日だよ」と言われているようだった。
 当日になると、不安よりもまた会える嬉しさの方が強くなり、心臓は朝からフル回転。
 朝の身支度まで緊張して、歯を磨くのも鏡を見る時間もいつもより長くなる。
 服を着るまでは自分の身なりだけに気をとられ、表面的なことしか見えてなかった。
 玄関に向かい、靴を片一方だけ履くと突然動きが止まった。
 この時、ドキドキが通り過ぎてちくっと不安な気持ちが胸を突付いた。

 ──会ってどうしたいんだろう。

 やっぱりどこかで期待をしていて、自分に振り向いてくれるんじゃないかって思ってる自分がいる。
 そんなことはないと無理して首をブンブン横に振って自分を戒める。
 それが魔除けの儀式みたいで、否定をすることが結局はお祓いの役目となって、本当は上手くいくんじゃないかとわざと反対の行動を取って謙遜しているみた いなもの だった。
 例えばテストのときによくある行動。
 しっかり勉強をしているはずなのに、殆どの人は全然勉強しなかったと嘘をつく感じに似ている。
 そして答案が戻るといい点数を取ってる人が多い。
 そんな感じで結局は正直なところ、もしかしてと期待してしまった。

 だけどその時、バランスを崩して咄嗟に下駄箱の淵に手を置くと、飾りで置いていたレースを引っ張ってしまって、さらにその上にあった小さな一輪さしの 花瓶が倒れてコロコロと床に落ちて割れてしまった。
 「あっ」と声を上げたとたん不吉だと、嫌なインスピレーションがピピピと走る。
 破片を拾いながら、とりあえず下駄箱の上において置いた。
 後で母に怒られると思いながら顔をしかめていたが、自分の心も後でこうなるんじゃないかと割れた一輪さしを見て泣きそうになった。
 やっぱりやめた方がいいのだろうか。
 急に弱気になってしまう。
 でも会わなかったらもっと後悔する。
 私は自分の複雑な気持ちを振り払うようにもう片方の靴を履いて玄関のドアレバーを勢いよく掴んで下げた。
 ドアが開いたとき、外の明るさが眩しく目を細める。
 次の瞬間、負けずと目を見開いて私は駅まで闊歩した。
 もうなんでも来いという気分だった。
 約束の場所までいざ出陣。
 こうなったら行くしかない。
 
 電車に揺られて目的地へと向かう。
 日曜日の乗客は、家族連れや友達同士そして恋人達が多い。
 休日を楽しもうと皆にこやかな表情だったと思う。
 私だけが電車の出入り口のドア附近に立って、何かに挑むようなそれでいて不安な顔つきをして外を眺めていた。

 待ち合わせ場所は、町の中心となる一番大きな駅前の広場。
 そこはバスやタクシーのターミナルにもなっている。
 日曜だけあって、沢山の人がすれ違いっては行きかい、誰かを待っている人も一杯いる。
 そこに三岡君は車で迎えに来てくれているはず。
 三岡君と会ったら何を話せばいいのだろう。
 電車を下りて改札口を目指すと急に怖気づいたように、待ち合わせ場所に向かう足取りが小幅になった。
 もう破れかぶれだと向かい風を受けたような中、無理やり足を進めて広場に向かった。
 駅を出るとき少し頭を下にして、そして広場に出たとたん覚悟を決めて頭を上げた。
 その瞬間、いきなり目の前に白い車が止まっているのが目に入った。
 窓から私に向かって手を大げさに振っている。
 その手の数は一つではなかった──。
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