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トモに言われた言葉は的を射てただけに、本当のことを突かれて過激に反応してしまった。
トモの口からそういうことを指摘されるのも癪に障る。
一気に心のバランスが崩れていくようで、私は三岡君にすがりつきたい気持ちになりながら後ろから見つめていた。
近くに居るのに、気持ちはとても届かないほど遠い。
佳奈美と交換日記をしていた頃のように、見つめて恋心を楽しむだけなんてできそうもなかった。
触れたい、触れられたい。
自分の想いの中で溺れていくように苦しい。
三岡君が時折私に投げかける笑顔。
その笑顔の裏の本心が知りたい。
本当は私のことどう思っているの?
そんな表情を浮かべていると、三岡君は「ん?」と首を傾げた。
本当は正直に聞きたいのに、なんでもないと首を横に振った。
愛想笑いが虚しくて、その後何も言わずに三岡君の後を黙ってついていった。
三岡君が道端で突然知っている人と出会ったのか、立ち止まって急に挨拶をし始めた。
気を遣うような愛想笑いと敬語を使っているところを見ると特別な上下関係が垣間見れた。
相手の人はなんかちょっと怖そうな感じにもみえないでもない。
服装からして、少し派手目のシャツを着て、腕には高そうな時計をしていた。
何かを牛耳っているような力をもつ圧迫感が目つきとポケットに手を入れて肩をいからせて立っている姿から伝わってくる。
聞こえた話の内容からして、仕事関係でお世話になっているようだった。
うっちゃんもトモも緊張しているのか、様子を伺うように大人しく突っ立っていた。
「おや、いつも連れてる女の子じゃないね。美幸ちゃんはどうしたの? いつも仲よさそうにしてたけど、新しいのに乗り換えた?」
舐めるような目線で私を見たが、それが下品で不快感を抱く。
私が言葉に反応してむすっとした態度を取ったのがわかったのか、それを面白そうに笑っていた。
「いえ、そんなんじゃないです」
三岡君はそれに対して笑いながら力弱く否定する。
なぜかそれが私には非常に悲しいものとして目に映った。
美幸という名前が彼女のことだというのがわかっただけじゃなく、私はやっぱりただの知り合いなんだなと思い知らされた。
頭ではわかっていたけど、はっきりそれを身をもって理解した気分。
私は顔をふせてしまった。
突然視線を感じその方向を見ると、トモが私の顔色を伺っている。
まだ私を観察しているというのだろうか。
こんなときは放っておいて欲しい。
それもわからないなんて失礼な奴。
苛立った気持ちもあり、思いっきり無視してるんだとふんとあからさまに首を横に振ってしまった。
ただの八つ当たりに過ぎなかった。
三岡君は丁寧に挨拶を終えると、その強面の人も軽くあしらって去っていった。
その人が去ってほっとしたのか、緊張の糸が解けたようにみんな大きく息を吐き出した。
「なんか貫禄あった人だったね」
私は思わず口走る。
「ああ、あの人には逆らったら怖いからね。ほら屋台のアルバイトもあの人の紹介だったから、それなりに気を遣わないといけなかったんだ」
三岡君は少しかっこ悪いところみせてしまったとバツの悪そうな顔をしていた。
それよりも三岡君があっち系の人達と知り合いだったことに私が気にしているような顔をしていたのか、聞いてもないのに三岡君が弁解し出した。
「あの人とは深い付き合いはないんだ。表面的なもので、たまたまアルバイト募集で応募して知り合っただけのこと。向こうもそれは仕事として割り切ってると
思う」
「なんか知らない世界を見た感じになっちゃった」
私も精一杯愛想笑いで返していた。
だけどそんなことより、彼女の名前が出たことの方を弁解して欲しかった。
目だけは寂しげに私はそれを訴えていたけど、三岡君は触れたくなかったのか先を歩き出した。
そして私は潮時だと思った。
まだ子供なのに大人ぶった感覚。
自分でも潮時だなんて感情に呆れる。
だけど、彼女の名前を聞いたことで完全に躓いた。
こけて大怪我する前の自分なりの対策だった。
「私、そろそろ帰るね。今日は本当にありがとう」
彼女の名前が出た以上、三岡君と一緒に居るのが決定的に辛くなり自然と言葉が出る。
「リサ、だったら家まで車で送っていくよ」
「ううん、電車で帰るよ。これ以上迷惑かけるのも辛いから」
「それじゃ駅まで」
「いいって、ここからでも駅まで歩ける。それじゃ帰るね」
「また連絡する」
三岡君が最後に言った言葉に私は言及しなかった。
「…… バイバイ」
私は聞き流すように手を振ってそしてくるっと向きを変えた。
うっちゃんとトモに気を遣うこともできなかった。
もうすでに涙ぐんでいたから、さっさと去ることしか考えられなかった。