遠星のささやき

第四章

3 

 失礼な態度だったと後で思っても、あの時はああすることしか他に選択はなかった。
 一杯一杯のこみ上げる気持ちが、波のように押し寄せて早くそこから立ち去れと追いやられていく気分だった。
 早足になりながら歩いていたが、みんなの姿が見えないところで足取りは重く速度が落ちた。
 とてつもない悲しみに包まれ、心を急激に冷やしていく。
 これが朝抱いたインスピレーション。
 最後に彼女の存在を強く感じて後味の悪い別れで幕は閉じた。
 手を握られても一時のもの。
 あの手は一時の感情に流されただけで本気でもない。
 それなのに、あの手の温もりが忘れられない。
 そっと握られた手をもう片方の手で包み込んだ。
 涙がポロポロこぼれてくる。
 行き行く人に見られたけど、もう投げやりで何を思われてもどうでもよかった。
 そのままトボトボと家に帰っていった。
 
 その晩、電話が鳴った。
 取ったのは弟だった。
 弟とは3歳年が離れている。
 中学一年ながら、私と同じで状況を把握するのが早く、電話を私に渡すとき友達からとさりげなく私の部屋に来て受話器を差し出す。
 受話器を渡すや否や無表情ですぐに去って行った。
 元々愛想がない奴だが、この時は徹底的に無になっていたような感じがした。
 電話の向こうの声を聞いて弟の行動にちょっと納得。
 男性からの声だったから、親に知られないようにと弟なりに気を遣っていたらしい。
 だけどその電話の声は全く嬉しくない。
 後で弟に言い訳しなければと思ったくらいだった。
 
「どうしたのトモ?」
 なんでかわからないけどしょっぱなからつっけんどんに答えてしまう。
 まだ彼に言われた『不器用』という言葉が胸につかえていた。
「今日は楽しかった。来てくれてありがとう」
 トモからそういわれるのは違和感を感じる
 あんたのために行ったんじゃない。
 だけどきっかけを作ってくれたのはトモだった。
 それが判っていながらありがとうを一度も言ってない。
 そうされることが当たり前のように私はトモの前では女王になっていた。
「だから何の用? もしかして三岡君も側にいるの?」
「ううん、俺だけ。三岡は今いない。だから電話した」
「それで?」
「あのさ、あの時三岡は『そんなんじゃないです』っていったけど、リサちゃん誤解してると思ってさ。あれは美幸と仲がいいと言われた事に対してそんな関係 じゃないってことだから」
「えっ?」
「それだけ言いたかった」
「どうしてそんなことわざわざ私に?」
「三岡の奴、リサちゃんが帰った後落ち込んでさ、今ちょっと気分転換しに行ってる。リサちゃんが突然帰ったから後味悪かったみたい。あいつ真面目すぎるん だ。筋を通してきっちりしないと嫌な性格だから、今はリサちゃんの前で素直になれないみたい」
「どういうこと?」
「だから手っ取り早く言うと、自分に彼女がいるから、そういう関係のままでリサちゃんの前では何もできないってこと」
 だけどあの時手を握ってきた。
 あれは感情を抑え切れなかったってことなの?
 こんなことトモに聞いても無駄だったので、そのことについては言及しなかった。
「美幸って言う人が三岡君の彼女の名前?」
「うん。三岡は成り行きで付き合ったって言ってたけど、美幸が三岡に惚れてるんだ。三岡は断れなくてただ流されてるだけだと思う。そんなときリサちゃんが 現れたから、あいつはあいつなりに悩んでいるよ。なんとかしようとしてたんだけどね」
「それって、別れようとしたってこと?」
「ああ、自分の気持ちに蹴りをつけようとしたみたいだった。でも美幸との付き合いは長かったから、ちょっとこじれてしまったみたい。ああ、だけど俺がこん なこと言ったなんて言わないで欲しい。俺もかなりお節介なことしてるってちゃんとわかってやってるから。でもさ、俺、三岡には恩があるんだ。過去に色々と 助けて貰ったから、今度は俺が助けてやりたくてさ」
「それで私のことも観察してずっと見てたんだ」
「えっ、俺、観察なんてしてないよ。でもリサちゃんを見てたのは認めるけどさ。あっ、三岡が帰ってきた。なんか話するかい?」
「ううん、今回はいいや。だけど、トモありがとう」
「あっ、ああ、そんなこといいよ」
 トモは私が素直に礼をいったことでビックリしていたが、私はそれじゃバイバイと言ってそそくさと電話を切ってしまった。

 電話を切った後、トモは三岡君と何を話しているんだろう。私と話していたことは、きっと言ってないとだけは思えた。
 トモが言ったこと、本当ならば私は喜んでいい話なんだろうか。
 三岡君が私のこと考えてくれていた。
 だけど本人から聞かなければやっぱり現実味を帯びてこない。
 人から聞いた話や憶測からは真実など見えるはずがない。
 あの後、三岡君と何か喋った方がよかったのだろうか。
 でも何を話していいかわからなくて私は逃げてしまった。
 余計に悩みだけが残ってしまった。

 結局暫く三岡君もトモもそれ以降連絡をしてこなかった。
 私も電話番号を知っていても掛けることはなかった。
 ただボタンを操作するところまでは手が動いたけど……

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