遠星のささやき

第四章

4 

 突然だった出会い。
 恋も唐突に勃発。
 プッツリと切れたかに見えた縁からまた再会。
 そして結局は悲しみだけが置き去りにされて心は旱魃状態。
 いつ潤うのだろうと雨を期待したかのような連絡待ち。
 でもずっと日照りは続き、心は潤うことはなかった。
 現実も同じような天気が続き、この時夏休み真っ只中。

 宿題がまだ半分以上残っている。
 特に英語は面倒臭く、長文を読んで英訳しろとそれが10話分も出されていた。
 これは辞書片手に適当にしても時間を食われてしまうので佳奈美に助けを求めた。
 佳奈美も英語はそんなにできなかったけど、クラスの友達に英語が得意な人がいて手伝ってもらったとか言ってたので、それに私も便乗させて貰うことにし た。
 久しぶりに佳奈美の家に出向く。
 佳奈美の部屋で英語の宿題を見せてもらっていたとき、昔の交換日記の話になった。
 佳奈美は記憶力がよく、昔のことをとてもよく覚えている。

「あのとき、リサちゃんは勝田君のこと好きだったね。そんで妄想ストーリーなんか作ってさ、今思い出したら、笑える。一緒に初詣デートして日の出を見なが らキスとかさ…… アハハハハハ」
「もう、それはいいって」
 私はかなり恥ずかしかった。
 書き写していたシャーペンの芯がボキッと折れた。
 当時は真面目にその話を佳奈美にしてたもんだから、どうも体にむずむずと痒みが走るくらい落ち着かなかった。
 佳奈美の机に向かって背中を丸める。
 カチャカチャとシャーペンの芯を出して、聞かなかったことにしようとしたが、また佳奈美がベッドでごろんと横になりながら違う話を持ち出した。

「それからさ、古井君が急に遠くに引っ越すことになったから、つい感情高ぶって、やっぱり好きだったとか言い出して、引越ししてしまったらコロッとすぐに 忘れて、あれもおかしかった」
「はいはい、なんとでも言って下さい。佳奈美にかかったらもう刃向かえない。だってその通りだもん。でもさ、あの頃って無邪気だったよね。佳奈美も馬谷君 が好きで、席が二回も隣になったとかかなり浮かれて喜んでいたね」
 私も手を休め、負けないで反論しようと佳奈美に挑んでみた。
 すると佳奈美は急に真面目になった。
「あの時の恋は楽しかった。全てが遊びだったんだと思う。ときめきや騒げることが楽しかったんだろうね。今はなんかそういうのなくなっちゃった。私の場合 アニメのキャラクターにぞっこんで、変な道に進んでしまっただけなんだけどね。リサちゃんもよく耐えてるよ、こんな私と友達なんて」
「えっ、そっかな。一番一緒にいてて気を遣わなくて楽だよ」
「そう言えば、リサちゃん最近大人びたよね。化粧もするようになったからかもしれないけど、どこか冷静に前を見ているというのか、昔ほど男の子に対して キャッキャって弾むことが全くなくなった。なんかあったの?」
「えっ? そ、そうかな」
 佳奈美もちゃんと私のこと見ていた。
 本当は心配してくれていた。
 重くならないようにと気を遣ってわざと茶化しながら様子を探ってくれてたんだとこの時思った。
 だけどやっぱりなぜか三岡君のことは話せなかった。
 話してしまうと自分が悲劇のヒロインになって話を美化してしまいそうだったから。
 そうすることがすごく嫌でもう少し落ち着いて、客観的に見られるようにならないと三岡君のことは誰にも話せなかった。
 いつか想い出に変わったとき佳奈美にたっぷりと聞いてもらおう。
 そう思いながらせっせと英語の宿題を写すのを続けた。

 夏休みが終わってまた新学期が始まる。
 学校は別に面白くもなくただ毎日通って机に向かって、そして放課後はサッカー部のマネージャーとそれの繰り返しだった。
 勉強もテスト前に一夜漬け程度だけのものだったし、これが高校生活かとただ与えられたものをこなしている程度に過ぎなかった。
 何かに熱く思いを馳せてぶつかることなど全くない。
 唯一心が燃え滾ったのは三岡君に対しての気持ちだけだった。
 それもはっきりせぬまま、また不完全燃焼で終わってしまったけど。

 辺りが秋色に染まってきた頃、また祭りのシーズンになってきた。
 この時期もあのお寺ではお祭りがあり屋台が並ぶ。
 屋台を見るとどうしても三岡君の事を思い出してしまう。
 三岡君どうしているんだろう。
 私と連絡を取らないのは彼の性格からして彼女とまだ続いているってこと……
 でももし彼女と別れたとき、三岡君は私に接触してくるんだろうか。
 そんな都合よく話が進むとも思えない。
 やっぱりトモが変なこと言ったから余計に私の気持ちもこじれてしまった。
 いつまで経ってもすっきりしない。
 人を好きになるってこんなにも苦しいことだとは思わなかった。
 それなのに鏡を見れば、自分は平然とした顔をしている。
 必死に心の中を覗かれないように心の苦しみですら閉じ込めて、私はどこか冷めた目で物事を見ていた。
 いや、見ようとしていた。
 自分を誤魔化すために。
 
 心が寂しいままだと周りも灰色に見えてくる。
 そしていつの間にか冬を迎えていた。
 夏の旱魃状態から凍てついたフリーザー。
 このまま放っておけば益々荒廃していきそうだった。

 いつか癒えるときがくるのだろうか。
 何かに真剣に打ち込む感情もなく、期末試験ですら赤点だけとらないように適当だった。
 それが終わって今度は冬休み。
 時間だけが早く経ちすぎて物事についていけない。
 このまま年が終わる。
 最後にこの年振り返れば、やはり頭に浮かぶのは三岡君。
 いつまでこの気持ち引きずっていくのだろう。
 来年は少しは良くなってますように。
 年が変わる数秒前、自分の部屋で時計を見ながら願っていた。

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