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心が満たされてるとき、周りが見えないとき、気持ちがぶっ飛んでるときって、そこにある事柄に麻痺して本来の本質が見えなくなると思う。
この日は寒かったのに、寒いという感覚がない。
冬なんだよと教えられないと自覚できないほど。
行き行く人達がジロジロ私達を横目にして歩いているのに、全く気にならない。
どんどん見ていってと気が大きくなる。
現実に起こっていることなのにフワフワして足が地についてない。
夢見心地。
感情一つで周りの物事の全てが変わってしまう瞬間がこれ。
三岡君の側にいられるということで感覚が麻痺状態。
それほど私は浮かれそして喜びが胸いっぱいに広がっていた。
我慢して抑えていたものが一気に弾け飛んで収集がつかないくらい。
この日が誕生日でよかったって思った。
羽目を外してもいい日って自分で位置づけられたから。
何かの理由がなければこれほど感情を露にするのに抵抗があったかもしれない。
こんなときでも理由をこじつけなければならないほど、私ってやっぱり素直じゃないのかな。
いや、そうじゃない。
自分が自分らしく心を解放することにただ慣れてなかっただけだった。
でもしっかりと三岡君に抱きしめられると、本来の感情が素直に飛び出してくる。
それを三岡君の前では見せなくっちゃって、私は三岡君を見つめて心のままに笑っていた。
心の安心感を一杯もらって、三岡君とは今週末にまた会う約束をし、この日は別れた。
三岡君も戻ってきたばかりで疲れているだろうし、私もこれ以上遅くなったら親が心配する。
名残りおしかったけど、またすぐに会える。
しかも今度は彼女として──。
それを思うと、顔が自然と緩んで一人でにやけてしまう。
さすがに電車の中で一人で笑っているところを見られるのは恥ずかしい。
必死に唇を噛んでは、下を向いていた。
その日の夕食は胸が一杯で食べるという行為さえ忘れてしまった。
お皿の上にあったおかずを箸で転がして遊んでいたら、母にみっともないと怒られた。
素直にごめんなさいと口から出ると、母も拍子抜けしたみたいに、首を傾げて不思議がっていた。
私が素直に謝るなんて滅多にないことだったから。
弟は一度チラリと私を見て、何もなかったように黙々とご飯を食べていたが、何かを感じ取ったのか冷やかすように口元が上に上がっている。
何も言わなかったけど、朝と違って私に変化があったことで、心配事が消えたと思ったに違いない。
まさかそれが恋がらみまでは気がついてないだろうが、洞察力のある弟のことだからひょっとしてと思って、今度は私が弟をチラリとみて様子を伺ってしまっ
た。
弟は何事もないように静かにご飯を食べているだけだった。
心を覗かれたかもと気にしすぎただけかもしれないが、弟に弱みを握られるのは姉のプライドが許さないものがあった。
それでも弟とは結構いい姉弟の関係だとは思っている。
そしてこの後やっぱりケーキが出た。
家族で誕生日の歌を歌って蝋燭の火を消して祝うとかそういうことはうちには合わない。
静かに皆でケーキを食べた。
口には出さなかったけど、心の中では感謝の気持ちはちゃんと抱いていた。
素直に気持ちを表現できないのはうちの家系的なものがあるのかもしれない。
だけどお互い何も言わなくても通じるものもあるから、うちはこういう家庭なんだと思う。
夕食後、自分の部屋で一人になると、顔がにやけてくる。
誰にも見られてないと思うと、心のままに笑っていた。
お風呂に入っているときも長風呂になるほど、自分の動きが鈍く、ぼーっとしている。
お湯の中に入って、三岡君のことを考えていると、無意識に自分の額に軽く手を当てていた。
ここにキスされたんだ──。
突然恥ずかしくなって、お風呂の中でバチャバチャッと暴れてしまった。
寝てもやっぱりそのことが頭から離れず、布団の中でも足をバタバタしていた。
とても幸せで、恋をすることの楽しさをやっと知った気分だった。
これは佳奈美と交換日記をしていたときの恋じゃない。
相手がいて自分と気持ちが通じ合う恋。
好きになるってこういうことなんだってしみじみ感じたくらいだった。
あんなに辛かったのにそんなことをすっかり忘れるほど、私は雲の上で戯れてその辺を飛び回ってはしゃぎまわっている錯覚を覚えた。
いつの間にか寝て、起きたときそんな夢を本当に見ていたのには笑える。
大人びて冷めた目で見ていたのに、自分が羽目を外すほど浮かれているのはまさに恋のマジック。
何もかも変える。
急に高校生活が楽しいものって思えるから不思議。
早く週末が来ないかな、そればかり思っていた。
そしてその当日。
どれだけドキドキしてワクワクしたことだろう。
鏡を見ながらリップスティックを塗ってるときだった。
自分の唇を見ていたら、少し恥ずかしい期待が心に湧いた。
私のファーストキス……
もしかして、もしかしたら、なんて考えていたら顔がにやけていた。
鏡に映った自分の姿を思わずこついてしまう。
自分でも重症だと思った。