遠星のささやき

第五章

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 待ち合わせの場所はいつもの駅前のターミナル。
 そこは正式に私達の間では『待ち合わせ場所』と認定されてるようだった。
 そこに行く度に、緊張したり、憂鬱になったり、不安になったりと様々な感情が付きまとったが、この日はまた違って足取りは軽く、スキップしたくなるよう に弾んでいたと思う。
 改札口を出て中央広場に向かい、三岡君を見つけたら駆け寄って抱きつく準備をしていたときだった。
 広場に出たとたん私は軽く驚いた顔をして立ち止まってしまった。
「あれっ?」
 でもそれはいつもの光景の一シーン。
 驚くべきことでもなかった。
 三岡君だけだと思ったら、うっちゃんもトモも一緒にそこに居た。
 側で三岡君が申し訳なさそうな顔をしている。
 だけど私は嫌じゃなかった。
 状況を把握すると思いっきり笑っていたと思う。
 それは三岡君の残念そうな顔つき、邪魔をしてやろうといううっちゃんのいたずらっぽい笑顔、そしてトモの見守るような優しい微笑み、これらを同時に見る とより一層楽しい気分にさせられた。
 それに三岡君とはもう付き合っている。
 三人居てもどうってことなかった。

「よぉ、リサちゃん、久しぶりぶり〜」
 うっちゃんがおどけていた。
 相変わらず陽気でその場の雰囲気を和やかにしてくれる。
 そして何よりも整った顔ときている。
 壁にかけた美しい絵画とでもいうべき、そこにいるだけで華やかさが増す。
 隣で三岡君が調子に乗るなと頭を叩いてたけど、これはきっと勝手についてきて苛立っているんだろうと私には見えた。
「折角二人っきりでって思ったんだけど、無理やりうっちゃんがついてきてさ、どうせ一人増えたら、もう一人も一緒だろうって俺がトモを引っ張ってき た」
 三岡君がうっちゃんを横目で睨みながら喋っていた。
「いいじゃんか。俺だってリサちゃんに会うのすごく久しぶりだったんだから。しかももう三岡と付き合ってるんだって? 酷いじゃないか、俺というものがあ りながら勝手にそんな風になるなんて」
「馬鹿! いい加減にしろ。お前はすぐに自分が一番もてると思ってるだろ」
「うん。だから三岡に負けて腹立つんじゃないか。リサちゃんも三岡に飽きたらいつでも俺のところに来いよ」
 うっちゃんは胸をどーんと叩き、その後両手を前に出して抱きついて来いとポーズを取っている。
「はいはい、ありがと」
 社交辞令でそう言っておいた。
「リサちゃん、よかったな」
 口数少なく、トモがそれだけ呟いた。
「トモ、ありがとうね」
 私がお礼を言うと、トモは照れたように笑っていた。
 初めて抱いたトモの第一印象は悪かったけど、この時はそんなこともう思わなかった。
 トモは自分を表現するのが苦手なだけで、誤解されやすいだけだって、私はやっとそのことに気がついた。
 三岡君が信頼しているのがその証拠。

 この日は皆でカラオケに行った。
 部屋に通されると、少し暗めの照明の中、ワインレッドのソファーが落ち着いた雰囲気を醸し出している。
 三岡君がテレビの画面に近いところに座りまずは飲み物のメニューに目を通す。
 私がすぐその隣に腰掛けて、辺りを見回した。
 うっちゃんがテーブルを挟んで前に座るとすぐに何を歌おうか曲を探し出す。
 トモは一番最後にゆっくり入ってきて、うっちゃんの隣で背もたれに背中をもたげかけて深くソファーに座り込んだ。
 全ては皆に任せるとここでも控えめだった。
 皆それぞれよく性格が出ている。
 じっと見ているとこの三人が自分には切り離せないものに思えた。
 
 一番最初にうっちゃんが張り切って歌う。
 いきなりノリノリになると一気に皆の心もほぐれていく。
 私も皆についていこうと楽しい気分を全開中、急に飛び上がるくらいドキっとさせられた。
 それは三岡君が手を握ってきたから。
 誰にも隠さず堂々と──。
 私達はもう公認の仲なんだって嬉しく思いながら、私は少し顔を赤らめていた。
 うっちゃんは時々私達の仲を突っ込んで三岡君をわざと怒らせていたけど、悪気がないので私はおかしくてつい笑ってしまった。
 笑ってる場合じゃないだろうと三岡君が危機感を持った表情をしてもやっぱり笑い転げてしまった。
 ほんとに楽しくて、幸せで、私も相当浮かれていた。
 三岡君に好きだと言われてからずっと浮かれている。
 自分の気持ちに素直になってもいいんだって、解放しすぎてたかもしれない。
 でも三岡君がそういう風に導いてくれたから、自分の全てを彼に委ねられるくらい私は初めて男の人に頼ったと思う。
 強がっていた自分。
 押さえ込んでは、冷めた目で全てを見ようとしていた。
 傷つくのを恐れ自分を守ろうとしてただけ。
 でも三岡君の前では素直でいられる。
 それは私も彼のことが好きだから、本気で恋をしてしまったから、そして三岡君も私のこと好きでいてくれるから……
 見えないものでも心が通じ合うと信じれば、自分を良い方向へ導いて体から力が湧き出る気分。
 これが恋というもの。
 そうでしょう?
 
 私はマイクを持って弾けるように歌を歌った。
 うっちゃんは側で掛け声を上げて適度に盛り上げてくれる。
 そしてトモは手拍子を取ってくれた。
 その側で三岡君は私を満面の笑顔で見ている。
 それに甘えてうきうきするような気分で、少し調子に乗っていたかもしれない。

 一曲歌い終えると、私はグラスを取って飲み物を飲んだ。
 冷たい液体が流れるように喉を通っていく。
 胃が急にキューっと痛み出した。
 熱くなっていた体を急激に冷やしたために無理が出て痛みとなる。
 はっとすると共にどこか牽制されているようにも思えた。

「どうした? リサ」
 三岡君が私の変化に気がついて声を掛けてくれる。
「ううん、なんでもない。はしゃぎすぎて疲れてきただけかも」
 でもこのとき、またインスピレーションが頭をよぎった。
 幸せのときはその反動でまた反対のことも考えてしまうもの。
 いいことがあると頭の中だけで悪いことを考えてバランスを保とうとすることってあると思う。
 例えば、皆から絶対大丈夫だよと言われても、自分だけがそんなことないと否定しておきながら、本当は皆の言葉を鵜呑みに信じているという心境。
 この時幸せ過ぎて、私は無意識に何かに恐れるという気持ちを抱いていた。
 幸せすぎて怖いってよく言う、あれ。
 
 私はグラスを目の前のテーブルに置いた。
 氷がカランとバランスを崩して動いたのが目に映る。
 暫くその氷を眺めていた。
「お代わり頼むか?」
 三岡君が聞いた。
「ううん、もういい」
 咄嗟に返事したが、もうこれ以上体を冷やすようなものを取り入れたくなかった。
 冷たいものが体に入ったら水を差すような気がしてならなかった。
 縁起担ぎじゃないが、私のインスピレーションは時々現実味を帯びるだけに急激に体が冷えていくと感情も操作されるのではないかと心配になる。
 だからこの後、このとき抱いた感情にまた翻弄されることになってしまった。
 浮かれすぎた罰が当たったとでもいうように。

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