遠星のささやき

第七章

3 

 春──。
 厳しい寒さから解き放たれて、日差しがぽかぽかとそれだけでおっとりするような季節。
 いいイメージの裏には残酷な部分も隠されてるのが春だと思う。
 春の持つパワーに誤魔化されるが、この時期は別れという言葉も似合う。
 一つの区切りであり、何かが終わるのも春。
 卒業式もその一つ。
 この時期になれば沢山の別れが一斉にある。
 涙を流しながら、いざさらばとこの時期に学校でよく歌われる歌詞のように去る季節。
 それなのにその悲しみがすぐに忘れられるのは、春はまた始まりという部分もあるから。
 私にはそんなのないけど。
 ずっと終わったまま。
 これからもずっと。

 家の近所の田んぼに咲くレンゲの花がまた減ったかもしれない。
 玄関開ければ目の前はすぐ田んぼが広がるようなところに住んでいる。
 目に飛び込む景色に変化があればすぐに気になるというもの。
 田んぼの端に立ってそれをじっと暫く見ていた。
 見渡せばまばらにピンクが散らばっている。
 全体を見れば美しさのまとまりがないけどそれでも一本一本見つめると、鮮やかなピンクの色をつけて健気に咲いている。
 毎年数が減っていけば、いつかは一本も咲かない日が来るのだろうか。
 これだけは残って欲しい、残したい。
 それと同じように、私の心も三岡君に恋したという真実は辛くても持ち続けたい。
 好きになったということだけは否定したくない。
 毎年春がきても悲しくならないように。
 そして年月が経っても色あせないように。
 レンゲの花を見ているとまた視界がぼやけていった。
 
 春休みが終わり、高校二年生となった。
 上に上がると同時に後輩が入ってくる。
 そしてサッカー部にも新しくマネージャーになりたい女の子が二人入ってきた。
 益々しっかりする要素が濃くなって行く。
 何かの面倒を見るというのは、自分で判断して指示を与えるということでやはり性に合っている。
 しっかりしなくちゃと無意識に踏ん張れる気がした。
 私はもう誰にも振り回されずに自分で判断して動く。
 言葉を変えれば常に上から見下ろして屈服したくないプライドの高い行為なのかもしれない。
 強くなったと言ったところで、これもまた失恋の後遺症の一種ということなのだろう。
 でもこうでもしないと私はいつまでも立ち直れなかったと思う。
 高校二年生はそんな気持ちの中で始まった。

 親友の佳奈美とは同じクラスじゃないけど、今度は隣のクラスになり一年生のときと比べて随分近くなった。
 相変わらず彼女とは校内で会えば挨拶するくらいだったが、学校以外ではお互いの家を行き来した。
 そして佳奈美の家に遊びに行ったゴールデンウィークの連休のある日、佳奈美の部屋にあった大きな犬のぬいぐるみを抱きながら、私は初めて佳奈美に三岡君 のことを話し た。
 佳奈美は静かに耳を傾け親身になって聞いてくれた。
 その頃は悲しみも少しは癒えて、幾分落ち着いていたと思う。
 だから佳奈美に話せたんだと思う。
 そしてそろそろ話したいと思っていた頃だった。
 終わった恋の供養として。

「そっか、そんなことがあったのか」
「もっと早く話していたらよかったんだけど、なんか言えなかった」
「それだけ本気だったってことなんだよ。ほら交換日記で語った恋って、遊びでさ、楽しむものだったけど、本当の恋ってそんな風に扱いたくないよ。真剣に悩 んで辛かったね」
 また涙腺が緩んできた。
 佳奈美はシリアスの中にも面白さを適度に入れてその場を重くならないようにしてくれる。
 この後、また過去の私の話を取り上げて、少し笑わせてくれた。
 それも佳奈美の心遣いなのがよくわかる。
 記憶力のいい佳奈美のことだから、この話も覚えていて、大人になったときまた楽しい思い出話のように語ってくれるのだろう。

 佳奈美は中学一年の時にいじめにあっている。
 とても辛い思いをしたのに、それですら今は大笑いするほどの話に変えて私に語ってくれる。
 私も要らぬ間違った情報を吹き込まれて佳奈美を誤解したことがあったのだが、あの当時、
「リサちゃんは私よりもあの人たちの話を信じるの?」
 と、でんと座った落ちついた言い方で私を怒っていた。
 後に吹き込まれた話が嘘だとわかったときは申し訳なかったが、その時のことを、時が経った後では茶化して話してくる。
「あの時はリサちゃん、簡単に裏切ってくれてさ、考えたら私がそんなことするわけないってわかんなかったの? もうあの時のつんつんした顔思い出したら、 虐めをした人の策略に見事に引っかかったことを笑ってしまうわ」
 佳奈美が大声で笑うから、私もそう言えばそうだったと可笑しくなってつられて笑った。
 虐めた人にはこの時も笑ってはいたものの、ずっと恨んでいるとは言っていたが、私が誤解したことには揚げ足を取って笑い話にするくらいだからわだかまり はない。
 でも当時は佳奈美は本当は辛くて、日記にも誤解されて悲しいって書いてあった。
 時が経てば悲しい話も面白おかしく脚色して笑い話になるってことを佳奈美は良く知っている。
 だからきっとこの先も、私を楽しませてくれるためにこの失恋話も楽しく脚色してくれることをどこかで願っていた。
 それでもこの時は、時折涙ぐんでいた私を一生懸命慰めてくれていたのが佳奈美の潤んだ目でわかった。
 佳奈美も一緒に気持ちを共有してくれていた。
 だけど相変わらず、アニメが好きで部屋はアニメのポスターだらけだったのはちょっと引いたかな。
 それも少しは気が紛れた要素になったみたいだった。
 でもいい友達を持ったってしみじみ感じていた。
 この先もそれは文句なしに続いていく。

 佳奈美とは比べ物にならないが、学校ではその場限りの友達が何人かいた。
 クラスが同じだからという理由だけの友達。
 その中の一人が学校帰りに彼とラブホテルに入っていくのを偶然見てしまった。
 彼は誰だかわからなかったけど、クラスの友達は制服を着たまま入っていった。
 見られているとも知らず、でも制服を着たまま堂々と入っていけるなんて誰かに見られると思わなかった方が不思議だった。
 私にはショッキング過ぎて、それこそオーバーなリアクションで口を開けて目を丸くしていたと思う。
 次の日、クラスで彼女を見ても知らないフリをして、何もそのことに対しては言わなかったが見る目は変わった。
 だけど彼女は学校でも違うクラスに確か付き合っている人がいたように思う。
 こういう場合「起用」というのだろうか。
 それとも「軽い」といった方がいいのだろうか。
 人それぞれいろんな付き合い方があるだろうが、自分が何かに陥らない限り、こういうのは良くないと漠然的に思うだけだろう。
 私も最初はそうだった。
 でも、言葉だけでは簡単に言い表せない付き合い方もあると、この後知っていくことになる。
 そして初めての体験はまさに割り切れる、自分が何かに陥った経験となってしまった──。

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